残念少女は今ドキ王子に興味ありません

じゅうご

 げっ―――と、口に出さなかっただけエライ、自分。
 でも顰め面になるのまでは防げなかったみたいで。
 その証拠に、ヤツが益々面白そうな顔になった。

 ううっ、面倒くさい―――!

 また絡まれるのはイヤだ。
 はっきり言えば気持ち悪い。
 どうしようか、一瞬考えて意を決した。

 よし、“突破”しよう。

 肩に掛けている学校の指定バッグをしっかり握り込む。
 キッと顔を上げて背筋を伸ばし、足を踏み出した。
 顔の筋肉を引き締めて無表情を取り繕いながら、少し足早に、真っ直ぐ歩いて正面からヤツに近づく。
 ヤツの顔を見据えながら、このままだとぶつかるんじゃないか?という勢いで歩み寄っていくと、ヤツが気圧されるようにわずかに身を引いた、その瞬間。
 スッ―――と、視線を右横に反らした。
 それに釣られて、ヤツが右(ヤツからしたら左)に体の重心をかける。

 ―――っしゃ!

 心の中で快哉を叫びながら、身体を左にスライドさせ、一気にヤツの隣を駆け抜けた。
 後ろで何か叫んだっぽいけど、無視してホームへ続く階段の隣の女子トイレに駆け込む。ブースに入ってドアに鍵をかけ、背中を預けたところで息を吐いた。

 やれやれ、だ。
 全く、今日は厄日だわ。

 DF(ディフェンダー)が1番守りにくいのは、真っ正面で対峙する事。右に抜けるか左に抜けるか、という駆け引きをよくやってたなぁ…。
 それがまさか、こんな事で役に立つとは。

 チームにいる時、自分も中盤(ハーフ)が多かった。
 どっちかっていうと守備的(ディフェンシブ)だったけど。
 何しろ、オフェンスはどうしても相手ディフェンスからの攻撃を受けやすい。
 万が一スライディングなんかかけられて、女の子が怪我をしちゃったら大変だ!という事だったのかなと思うけど、それを言ったらそもそもサッカーなんて出来ないと思う。
 ただ、やっぱり男と女の差っていうのは徐々に出てくるから、その中で、自分に出来る精一杯をしようと努力していたつもりだった―――んだけど、な。

 真っ赤な顔をしていた大地を思い出す。

『会いにきちゃいけないのかよっ』

 ふう―――とため息をついた。
 もういいって、小学校の時も言ったのに。
 元々、クラスは違ってたから、チームを辞めると接点は無くなった。
 だけど、変な噂が学年の中に流れてしまったのだ。

 私が、大地に振られたっていう。

 誰が流したのかはわからないけど、多分あの中にいたチームメイトの誰かだろう。正直、あれは大地だけに作った訳じゃ無いけど、噂ってのはそんなもんなのかもしれない。

 もちろん、振られるどころか“そういう意味”で好きだった訳じゃ無い。
 友達にもそう説明したし、しばらくしたら沈静化はしたけど、時々、思い出したようにからかってくるヤツらもいて、ホント、ウザかった。
 でも卒業までの辛抱だ、と。
 無視ってやり過ごしていたのに、卒業式の時、今日みたいに大地に捕まった。

『悪かった…あん時…』

 そう言って口籠もっていたから面倒くさくて、ふう、とため息をついて言ってやったのだ。

『もういいよ、どうでも。気にしてないし。』
『なっ、そーいう言い方する事無いだろっっ?!』

 何でか逆ギレされた。
 呆気に取られてるうちに、お互い友達に呼ばれて。

『待てって!!』

 と言うのを無視して別れたんだったっけ。
 そういえば、やっぱり真っ赤な顔してたな…大地、全く成長してない…。
 あれからもう3年も経ってるのに。

『ずっと引き摺ってて―――』

 なんて、何を?
 ちゃんと謝れてないから?
 謝罪の仕方勉強してきた方がいいんじゃないかな?
 それか、笑顔で「もういいよ、気にしないで!」って言って欲しいって事?
 うわ~、キモッ!無理!

 思わずブルブルッと首を振ると、肩から髪がサラリと落ちた。
 それを指先で弾く。

『女の子なんだから、こういう事はちゃんとしなさいよ。』

 サッカーを辞めた後、家に居たくなくて、レイちゃんちに引き篭もる事が多くなった。
 レイちゃんは何があったとか全然聞いてこなくて、基本ほっといてくれたけど、時々思い出したように私を構った。

『いいねぇ、サラサラで。誰に似たんだろ。アタシもこういう髪になりたかったなぁ…。で、後ろにこう、サラッとやってみたかったんだよね~。』

 アンタやってみてよ―――そう言われて伸ばすようになった。

『この服、もう着ないんだけど、アンタどう?最近また流行ってるみたいだから。捨てちゃうには、いいブランドだから勿体ないんだよね~』

 から始まって、ちょっと買い物付き合ってよ、と連れ出される様になると、それまで着なかったような、女の子らしい服装をするようになって。
 それは別に、元チームメイト達を見返してやりたいとか、そういうんじゃなくって。
 ただ、そうしたくなっただけだ。

『ちょっと位キレーんなったからって』

 言われなくとも、髪が伸びただけで人格は変わらない。
 そんなの、自分でもわかってる。
 なのにどうして、あんな風に言われなきゃならないんだろう?
 ホント、何しに来たんだ、アイツ。

「バカバカし…」

 肩を竦めてから、ブースを出た。
 そろそろ、電車が到着するハズだ。
 次の電車は、この駅停まりの折り返しじゃ無いから、停まっても1,2分。
 停車寸前にホームに駆け上がって、停まってる電車の反対側ギリギリを走って、一番奥の入り口から乗ろう。
 降りてくる乗客に紛れて、何とかなるんじゃないかな?
 アイツは、そこまで運動神経良く無さそうだったしね。

 そーっと、トイレの入り口から外を窺ってみる。
 よし、いないな!

 階段からホームを見上げる。
 見える範囲では、ヤツはいない―――音楽が鳴り止んで、降車してきた人波を見て、階段の左端を駆け上った。

 図書室で時間を潰したせいか、いつもより人が多い。
 降りて階段に向かう人波を横目に見ながら、黄色い線の外側を走る。
 4両編成の端っこを目指して、ホームの中頃にある自動販売機の横を通り抜けようとした時だった。

 ―――バッ、と。
 目の前に飛び出してきた、茶髪。

 ギョッとして、思わず後退った、その左足は。

 ホームを、踏んでなかった。
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