残念少女は今ドキ王子に興味ありません

じゅうく

「ホームから落ちたって、どういう事?!」

 ユウキの顔が険しい。
 いつもニコニコしてるリコも―――2人のこんな顔を見たのは初めてかもしれない。まあ、こめかみの絆創膏もマズかったね。

 とは言え、授業をサボるわけにはいかないし、何とか宥めて、昼休憩までは待ってもらった。
 半ば連行されるように空き教室に入った所で、昨日の出来事を説明する。

 またしても、あの気持ち悪い茶髪男に会ってしまった事。
 それを避けようとしてホームに落ちてしまった事。
 そこから“彼”が連れて上がってくれた事を話すと、ユウキは更に顔を顰めた。

「それって、偶然なの?」
「それ?」
「いや、助けてくれたのは確かなのかもしれないけどさ。」
「あー……」
「ん?」
「うーん…」

 言うべきか、言わざるべきか。
 一瞬悩んでから、息をついた。

「直接知ってる訳じゃ無いけど、知り合いの、知り合いだった。」
「知り合いの、知り合い?友達じゃなくって?」
「…違うよ。」

 少なくとも、今は。
 いや、向こうにとっては元々友達じゃなかったんだと思う。
 憂鬱な気分でため息をついた。

「小学校ん時に入ってたサッカークラブのチームメイトに会ったんだよ。…“彼”は、ソイツと、知り合い。まあ、名前で呼び合ってたから友達なのかもね。」

 言いながら肩を竦めると、リコが首を傾げた。

「何か、あんまり良い関係じゃない、の?」
「“知り合い”はね。昨日も、謝りに来たとか言いながら、逆ギレしてったし。」
「それは、助けてくれた“彼”じゃないの?」
「うん。あの人とは…」

 面識が無い―――と言いかけて、彼の言葉を思い出した。


 ―――中学は、同じになるだろうと思ってたんだけど、違うとこ行ったんだろ?

 ―――サッカーも辞めたって、大地が。


 自分では、会った事が無いと思ってる。でも、彼の言い方だと、そうじゃない気もする…けど。
 釈然としないまま、首を振った。

「少なくとも、同じ小学校じゃないと思う。名前も、何だっけ…」

 昨日大地が言ってたな。確か―――

「“篠崎悠斗”」

 リコの声に、驚いて顔を上げると、リコがスマートフォンを掲げて見せた。

「“中”で話題になってる。“リアル王子”って。」
「おうじ?」

 何だそれ、と、眉を顰めると、リコが、話題の動画を再生しながら、スマートフォンを差し出してきた。

 問題の(?)動画は非常用のベルが鳴り響く所から始まっていた。誰が押したのかは分からなかったけど、それによって発車するハズだったホーム反対側の電車が止まり、階段を降りようとしていた降車客達が立ち止まってざわめく。
 正直、周りにこんなに人いたんだ…って気分。

『何?』
『誰か落ちたらしいよ?』
『あっ、飛び降りたっっ』

 画像がぐるんと動いて、線路を映し出す。
 ちょっと離れていたのに、ギリギリまでズームされたお陰で、ぼやけてるのにも拘わらず、倒れてるのが自分だとハッキリわかってしまった。
 彼が覆い被さるようにしながら頭を持ち上げるのを見て、思わず顔を背ける。
 だって、思い出してしまった。
 匂いとか、腕とか胸の諸々―――ざわざわと何かが身体の内側から沸き立つような、そんな感覚を覚えて、居たたまれずに腕を擦った。
 心臓がスゴくへんなカンジ。ホントに、これ、どうしたらいいんだろう。
 昨日から、彼の事を思い出す度にコレなんだけど。

「…何て言うか、スゴく丁寧?だよね?」

 リコの声に我に返った。
 ユウキは無表情。リコは感心したように画面を見ている。

「ほら、ちゃんと頭と身体を密着させてから持ち上げてるでしょ? うち、母さんがお祖母ちゃんの世話してたからわかるんだよ。負担かけないようにしてくれてるって。姫抱っことかもさ、あれはする方もされる方もスゴい負担かかるらしいんだけど、この抱き方なら、スカートの中身も見えないし、スゴい安定してたんじゃない?」

 うん、してたよ。安定はしてた。
 でも近すぎるよね?どう考えても近すぎる!
 おかげで私の心臓が(以下略)

「うわ…マジで王子っぽい。」

 ホームに上がって私を下ろした彼が、側に膝をついて話し掛けてる。次いで、彼が私の手に自分の手の平を重ねたものだから、2人が顔を上げてこっちを見た。
 うう、イタタマレナイ―――!!!

『いいな~、彼氏やさしー。』

 その声を残して、画像が終了した。
 リコがため息をついて画面をタップした。

「こういうの、直ぐ拡散するよね。この“彼”の情報も、スゴい出回ってた。」

 彼の写真―――たぶん、中学のかな。
 ネットワークの中では、プライバシーなんて無いんだな…とボンヤリと思いながら、画面をスクロールしていく。

 やっぱり、小学校は違っていた。
 でも、中学校は“東一中”に行かなければ、私も通っていたハズの学校に彼は通っていて、そして、サッカー部に入っていた。
 全国大会出場決定!―――という文字と一緒にアップされた写真の中で、他のメンバーと一緒に腕を組んでポーズをとっている。背の高い彼と小柄な大地は、離れて写っていたけど。

「…もしかしたら、会った事はあるのかも。でも、サッカーやってたのなんて小学校ん時だからねぇ。」
「ていうか、サッカーやってたんだね。全然知らなかったよ。」

 あれ、何か怒ってる?
 ユウキってば、ちょっと顔が無表情なんですけど。

「だって、もうしないのに、言ってもしょうが無くない?」
「そういう問題じゃない!!」

 そこまで言って、ユウキはため息をついた。

「いいよ、もう。」

 吐き捨てるように言って、ユウキが背中を向けた。
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