残念少女は今ドキ王子に興味ありません

 自分家(じぶんち)の最寄り駅より、2つ手前で電車を降りた。

 ここの駅は駅前がバスターミナルになっていて、近くにお店も結構あったりと便利な立地だ。
 駅舎を出てすぐのコンビニに入り、端末を操作して荷物を受け取る。ついでに飲み物と軽くつまめるお菓子を購入すれば準備は万端!
 鼻歌を我慢しながら(怪しい人になっちゃうからね!)、歩いて五分の距離にある、瀟洒なマンションに入った。

 風除室にある集合インターホンに暗証番号を入れて、エントランス入り口のロックを解除する。
 御影石の敷かれたホールを抜けて、エレベーターのボタンを押してから、さっき受け取って小脇に抱えたダンボールを両手で持ってじっくりと見つめた。

 ふっふっふ~、楽しみ~!

 この「漫画家せりな」シリーズは、藤井先生のジュニア小説デビュー作だ。
 最初はそれほどでもなかったのに、毎回ごとに出てくる美少年(笑)キャラ達にファンが付き、ファンブックまで出版される程の人気を博したらしい。

「ぶっちゃけ、美少年はどうでもいいんだけどさ~、基本ミステリーで面白かったんだよね~。」

 そう教えてくれたのは、このマンションに住んでいる―――というか、この3月まで住んでいた伯母の“レイちゃん”だ。
 彼女はバブルのしっぽに掴まるように(レイちゃん談)、結構大手の建設会社に勤めている。大学を出て総合職で入った彼女は、45にして初めて海外赴任が決まり、現在ベトナムに行っていた。

「あっちに永住する訳じゃ無いし、荷物もあるからね~、時々顔出して換気しといてくんない?」

 という訳で、しょっちゅう入り浸っている(笑)のだけど、本棚の中身が、だいぶ私のモノになってきているのはご愛敬だ。
 ちょっと予定外な事で時間取られちゃったけど、2時間ぐらいはまったり出来るかな?なんて思ったところで、ポンッとエレベーターの到着音が鳴った。

 上機嫌なままで顔を上げるのと、エレベーターの扉が開くのが同時で、エレベーターに乗っていた人物と、逸らす間もなくバッチリ目が合ってしまった。

 若い男―――高校生(同じくらい)かな?

 最近の若者がそろいもそろってやってる、所謂マッシュルームカットってやつで、重めの前髪が軽く目に掛かっている―――その目が微かに眇められたのを見て、自分が彼の正面に立って行く手を塞いでいることに気がついた。
 慌てて脇に避けるも、彼はすれ違いざまちらっとこっちを見る。

 そんなに怒んなくても…まあ確かにガン見しちゃったけどさぁ…

 軽く肩を竦めながらエレベーターに乗り込み、向き直ってボタンを押す。顔を上げると、エントランスを歩いていくほっそりとした後ろ姿が目に入った。

 綺麗な顔―――だったと思う。一瞬見とれちゃったぐらい。
 くっきりとした二重のアーモンド型の瞳に、すっと通った鼻筋。丁度いい大きさで少し薄めの唇が、ちょっと甘めの顔立ちを引き締めてた。
 ゆったりとした七分袖のサマーセーターから覗く腕は意外にも筋肉質で、背中も広いのに、黒いスキニーパンツを履いた足はすっきりとしている。

 後ろ姿までイケメンとか、すげー…なんてしげしげと見つめていたのがマズかった、かもしれない。

 もう少しで閉まる、その直前に。
 不意に、彼が振り向いたのだ。

 うぉっ…やばっ―――と焦ったのは一瞬。
 すぐに閉まってくれたドアのこっちで、ふーっと息をついた。
 テメー何ガンつけてんだよ?とか言われなくて良かった、うん。
 いや、だって多分、競馬場で腕組んで顎なでながら、どの馬買おうかな~なんて思案中のおっさんみたくなってた自信ある。

 今まで見たことないけど、ここの住人じゃないといいなぁ…と。

 殊勝(?)な事を思ったのはその時だけで。
 部屋に入ってレイちゃんお気に入りの、居心地の良いソファに陣取り、2時間どころか、夜9時を過ぎて『アンタ何やってんの?!』という母からのお怒りメッセージが届く頃には、その彼の事は、私の頭の中から綺麗サッパリ消え去っていたのだった。
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