残念少女は今ドキ王子に興味ありません

にじゅうはち

 咄嗟に引き抜こうとした手を大地が更に強く掴んだ。

「“俺の方が”だったんだぜ?」
「は…?」
「シノは、Twitterとかそういうの、興味ねぇから。俺は高校んなってやっとスマホ買ってもらってさ。オマエまだ、サッカーやってねぇかなって、何となく、検索するようになって…」

 大地は言いながら、また親指で肌を撫でる。
 これ、無意識なんだろうか。
 正直、止めて欲しい。だって何だか落ち着かない。
 混乱する私の前で、大地がふっ、と笑った。

「オマエもやってないよな…ぽいけど。でも、“シズル”って入れると、まあ大体芸人とか、他のがヒットしてたのに、何かコミュニティ?でヘンなの見つかってさ。」

 その言葉にドキリとした。
 例の、アレだ。
 そう言えば、大地も言ってた。
 “アイス・メイデン”―――って。

「写真だけだと全然わかんねぇよな。3年も経ってるし。」

 言いながら、大地は手を滑らせるようにして、今度はぎゅっと手首を掴んだ。

「髪も、伸びてるし…」

 腕も―――と、呟いて大地が視線を落とす。
 私の手首にぐるりと巻き付いた人差し指の先が、親指の第一関節に届いたのを見て、大地の唇が弧を描いた。
 その親指が、今度は腕の内側の柔らかな場所を探るように撫でると、ざわり、と、さっき以上に肌が粟立つ。

 わからない、何でこんな事するんだろう。
 ちょっと本気で止めて欲しいっっ

「だっ、大地っ…「“黒蜜きなこ”」」

 へ?―――一瞬、キョトンとなった。
 黒蜜きなこって、―――まさかあの、アレ?
 顔を上げると、大地が昔よくしてたようなドヤ顔をしている。

「ミョーなトコだけ変わってねぇよな。ほら、試合ん時、オマエ変な菓子ばっか持ってきてたじゃん?」
「へ、変な菓子って…」
「アレだよ、黒棒?とかしるこサンドとか。どこのばーちゃんだよっての。」
「それは、チョコなんかはバッグん中で溶けちゃうからでっ」
「って言うけどさ、ないだろ、フツー。でもそれでわかった、“シズル”だって。」

 そう言って、あの頃のように笑った大地が、次の瞬間、すぅっ―――と糸を引いたように笑みを納めた。
 
「―――会いに行こうって。」

 グッと、手首を握る手に力が籠もる。
 まさかこのまま、バキッと折っちゃうつもりじゃないよね?って、軽く恐怖を覚える程に強い。

「早くそうすれば良かった。今日みたいにサボっちまえば、俺だったかもしれないのに。シノじゃなくて、さ。」 
「は…?」
「『“シズル”だった』って、シノから言われるとか。…写真見せても、ふーんってそんな位だったくせに、何でだよって思うじゃん?」
「そんな事言われても…」

 つまり、“彼”も掲示板の事は知ってたんだ…なんて、今はそれどころじゃないかも。
 だって、何だか段々大地の目が据わってきてる気がする。
 声も聞いたことが無いほど低くなってるし、怒ってるカンジっぽい。
 でも、何で?
 戸惑いながら首をかしげると、大地が口許を歪めて笑った。

「やっぱオマエもアレ?助けてもらって惚れたとか?」
「はい?」
「“王子”とかって、騒いでるじゃん?」
「って、私が騒いでる訳じゃ…」
「じゃあ、別に好きじゃ無いんだ?」
「す―――」

 すき?

 一瞬、思考が止まった。

 “すき”って、“好き”?

 頭の中で漢字変換したと同時に、自分の顔を覗き込んでいた切れ長の瞳が蘇る。
 直ぐ近くで、微かに感じた彼の息遣いと、手の温もり。

 その瞬間、胸の奥がきゅっ、と撓った。
 そこから何かが染み出すように、溢れ出る。
 瞬く間に全身へと広がっていく、“それ”に息を詰めた。

 何だろう、これ―――

 どんどん膨らんでいく何かに胸苦しさを覚えて、息を吸い込もうとした時だった。

「っだよ…」

 絞り出すような声と同時に、ギリッ―――と更に強く握りしめられる。

「痛った、ちょっ、大地…」

 痛みに抗議の声を上げたのに、大地はそれを無視して握り込んだまま、私の腕を左右に広げて手前に引き寄せた。とっさの事にバランスを崩してたたらを踏んだ私が上げた顔の、直ぐ鼻先に、冷たく目を細めた大地の顔があって。

 ―――近いっっ

 考えるよりも早く、仰け反った頭が。
 次の瞬間、

 ―――ゴッッ

 と音を立てて、大地の顔面にヒットした。
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