残念少女は今ドキ王子に興味ありません

にじゅうく

 初めてヘディングをしてみせると、たいていの子は同じ事を聞いてきた。

「痛くないの?」―――と。

 もちろん、全く痛くないと言ったら嘘にはなる。
 でも、意味もなく“当たる”のと、目的を持って“当てる”のとでは大きく違う。
 それも、自分の思う方向に飛ばそうと思ったら、ボールを当てるのもどこでも良いという訳じゃない。

『額の生え際に当てるんだ。頭蓋骨が一番硬いとこなんだって。ここでもリフティング練習するといいよ。』

 “彼女”は自分の額を指差しながら、そう言った。





 しまった―――と、思った時には後の祭り。

「っっっ~~~!!!」

 声にならない声を上げ、大地が顔を押さえてうずくまる。と同時に腕が自由になり、後退って距離を取りながら様子を覗った。

 思わずやっちゃったけど、大丈夫かな…?
 鼻血とか、出てない…よ、ね?

「ゴ、ゴメン、ね?」

 恐る恐る言った瞬間、指の間からジロリと大地に睨まれて更に後退る。

 だよね―――っっ!怒るよね―――っっ!

 顔を押さえたまま大地が立ち上がるのを見て、慌てて背を向けて走り出した。「シズルッッ」という大地の声が聞こえるけど、もう振り返らない。

 だってヤバくない?捕まったら殴られるかも。

 さっき摑まれてた手首がほんのり赤くなってる位だ。
 お返しに顔を殴られたら、歯が欠けるかもしれない。
 大地が自転車だった事を思い出して、芝生を横切り、階段のある出口を選んで公園を飛び出した。

 どっちが駅だろう―――?

 いつもと違う風景に焦りながら、辺りを見回した時だった。

「こっち!!」

 と言う声と共に、腕を取られてギョッとした。
 見ると、知らない男の人だ。まだ若い。

「あっ、あのっ?!」
「“アイツ”来るよっ、早く!!」

 ハッとして振り返ると、自転車に乗った大地が階段の上で止まった所だった。
 諦めるかと思いきや、自転車で階段を降り始めたのを見てぎょっとする。

「ほら早くっっ!!」

 促されるまま走り出した。
 角の手前でチラリと振り返ると、大地が道路に到達している。慌てて目の前を走る“彼”の後を追いかけた。
 地元なんだろうか、ちょこまかと細い路地に入り、角をいくつか曲がった所で、彼が立ち止まる。

「もういいかな…」

 呟くように言って振り返った。
 それほど背は高くない。ひょろりとした体型で、温和な顔立ちをしている。
 ジーンズを穿いているけど、大学生ぐらいかな?
 でも、うん、知らない顔だ。
 なんで、私に声をかけてきたんだろう?
 今更ながら警戒して伺うように見ると、その人はちょっと困ったように笑った。

「ああ、ごめんね?急にびっくりしたよね?」
「はぁ、いえ、あの…」
「いや、なんかね、絡まれてるっぽかったからさ。」
「あー…」

 絡まれてた訳じゃないけど、でも確かに、困った状況ではあった、かも。

「あの、ありがとう…ございます…」
「いや、特に何もしてないから。」

 そう言って笑う顔は人の良さそうな感じで、ちょっと肩の力が抜けた。となると、気になるのは今の状況だ。正直、ここが何処なのか、さっぱりわからない。

「スミマセン、ここから駅って、どっちに行ったらいいですか?」
「駅?“外苑”?」
「はい。母と待ち合わせしてるので、早く行かないと…」
「あー、そうなんだ…」

 歯切れ悪く言った彼が、顎を指で掴んで考える。

「アレなんだけど、うち、近いから、来る?」
「はっ?」
「あー、いやいや、さっきのヤツさ、まだこの辺彷徨いてるかもしれないでしょ?」
「あー…」

 言われてさっきの大地を思い出し、無意識に手首を擦った。

 スマホで検索してたって、言ってた。

 あんな別れ方したから?
 謝ろうと思って?

 でも、間近で見た顔は、昔とは全然違う表情をしてた。
 手首を握る力も強くて―――正直、知らない人みたいだった。

 言葉を無くした私を、彼が伺うように見る。

「お母さん、駅で待ってるの?」
「えっ、あ、はい。用事があって…」
「じゃあ、ウチから電話して迎えに来てもらいなよ。俺もその方が安心するし。」
「や、でも…」
「あ、大丈夫だよ!うち実家だから!親居るし!」

 慌てて手を顔の前で振る様子は、悪気があるようには見えない。そう思った時、スカートのポケットで、スマートフォンが振動した。
 取り出して見ると、お母さんからのメッセージ。

『何処居るの?!』

 お怒りスタンプと同時のそれに、私の肩がぶるった。
< 30 / 39 >

この作品をシェア

pagetop