残念少女は今ドキ王子に興味ありません

さんじゅうさん(4/22修正)

 後光が、後光が見える―――!!!

 いや実際、自分が今いる家と家の間は薄暗いから、“彼”のいる所が明るく輝いて見えるのは当然なんだけど。

 その彼がこっちを見て、眉を顰めた。

「お前、ここで何を…」

 聞き覚えのある声。
 低すぎず、高すぎず、胸元で響く。
 あの時、腕の中で聞いた声だ。
 そう思ったら、視界がぼやけた。
 ポロポロ何かがほっぺたを零れ落ちてる。

 マズい、心の汗が―――!!

 そう思うのに、何かが胸の奥から迫り上がってきて、堪えることが出来なくなった。

「ふっ、うっ、ううう~っっ」

 多分、今スゴイ顔になってる。
 何しろ彼が大きく目を見開いて、息を呑んだし。
 でもどうしても止まらない。

「シズル、取りあえず、こっち、来れるか?」

 コクコクと頷いて、一歩、踏み出した時だった。

「おいっ、お前!そこで何してる!!」

 後ろから肩を引かれた彼の顔が、声がした方に向き直る。

 見つかった!

「逃げてっ!!!」

 思わず叫んでいた。
 同時に足を早める。
 彼がどうしてここに居るのかわからないけど、そのせいで彼に何かあったらどうしよう!!

「…え、アンタ、え…何で…」

 動揺した声は清水さんのものだ。
 あの動画見てたっぽいから、“彼”だって気付いたんだろう。
 まあ、あれだけ綺麗な顔はそうはいないしムリも無い。

「スミマセン、ちょっと人を探してて。」

 意外に吞気な声で彼が応える。
 警戒心の欠片も感じない様子に更に焦った。

 だって、私もまさかこんな目に遭うなんて思わなかった。
 そのぐらい、人の良さそうな顔してるんだもん。
 だからこそ危険だ。
 油断してるところを何かしてくるかもっっ!!
 早く早くと焦るほどに、フェンスがギシギシとイヤな音を立てるけど、知ったこっちゃない!

 なのに、続けて聞こえてきた言葉に耳を疑った。

「どうやら、迷い込んじゃってたみたいですね。さっきの警報もそれでかな?ご迷惑をおかけしました。」

 えええっ?!ちょっ、待って!
 助けに来てくれたんじゃないの?!
 しかも警報もって?!

 ちっが―――うっっ!私じゃな―――い!!
 てか、ねこじゃないんだからっっ!!!

 状況を把握していないらしき彼の吞気な声に、すっかり涙も引っ込んだ。

 まさか私の方を不審者認定しちゃってる?
 そりゃ確かに、人ん()の敷地内で、フェンスの上を横歩きで移動中なんて、どう見ても不審者にしか思えない状況になってるけど!

 慌てて残りを移動し、ひょいっと壁の間から顔を出すと、こっちを向いていた清水さんがまず気が付いた。
 目が合ってギョッとなり、思わず壁のこっちに隠れる。

 ど、どうしよう…ゴクリと息を呑んだ。

 もし、彼の勘違いに清水さんが乗っかってきたらどうなるんだろう?!
 このまま不審者として、警察とか呼ばれたら…?!

 思わずゾッとしたその時、直ぐ隣に気配を感じてハッとした。
 顔を上げるのと、横から伸びてきた腕に足を抱えられて引き寄せられるのが同時で、掴むものが無い私はバランスを失い、そのまま倒れ込む。

 覚えのある香りと、温もり。

 “彼”、だと、頭が認識するより早く、心臓がドクンと音を立てた。
 慌てて身体を起こそうとしたけど、揺すり上げられて、逆に彼の肩へしがみついてしまう。
 骨太な力強い腕にお尻の下を支えられて、まるで子供のように片腕で抱き上げられていた。その私の頭を、大きな手の平が覆い被さるように撫でる。
 その温もりにまた涙腺が緩んだ。
 無意識に彼のシャツを握りしめ、首筋に顔を埋める。

 もう、大丈夫―――

 言われた訳じゃ無いのにそう思えて、自然に強張っていた身体の力が抜けた。


「彼女の靴は?」

 一息つく間もなく、地を這うような低い声が響く。

 身動ぎした私に気付いて、彼が抱き締める腕に力を込めた。
 そんな事をされると、また何かが胸の奥からこみ上げてくるから止めて欲しい。息苦しさを堪えるように大きく息をすると、そのせいで今度は胸の中に彼の匂いを思い切り吸い込んでしまい、悪循環で更に苦しくなる。
 それを少しでも押さえようと深呼吸していると、段々瞼が重くなってきた。ヤバい、まだ残ってたんだ…ここで寝ちゃう訳にはいかないと、必死に瞬きするけど、どうにも眠い。

「スマホも、“ここ”にあるだろ?」

 応えない相手に少し苛立ったように言いながら、彼がズボンのポケットを探って、スマートフォンを取り出した。
 こちらに向けられた画面は“表示されたまま”で、しかもなぜか、某有名サイトのレシピページだった。

 なんで、クック○ッド…
 しかも、このスマホ…どっかで…

 ボーッとしながら見ていると、彼が片手でバックグラウンドになっていたアプリに切り替えた。
 表示された画面は何処かの住宅地図で、位置を知らせるアイコンがついている。
 その画面を、清水さんに見せつけるように翳して言った。

「外苑7丁目、なんて無いもん言うから、逆に足がついたんだよ。」
「えっ…」

 そういえば、住所は嘘だって言ってたっけ…

 ついに瞼を閉じた私の耳に、最後に聞こえてきたのは、ウウウ~ッッというサイレンの音だった。
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