残念少女は今ドキ王子に興味ありません

さんじゅうよん

「はい、これ。」

 昼休みにお弁当を食べた後、そう言って、リコが何やら差し出してきた。

 100均で売ってるプラバンで作ったと思しきキーホルダー。
 描かれている絵は、三角形の頭に足が8本と長い触腕…

 いか?
 “いか”だよね…?
 なんで、“いか”…?

 裏返して見ると、大きな文字が書いてあった。

「…いか、の、おすし…」
「はい!危機管理能力が欠如しまくってるシズルちゃんの為に作りました~!」

 パチパチパチパチ~と手を叩いてるけど、リコの目が笑ってない。横を見ると、ユウキも腕を組んだ状態で目を細めていた。

「これってさぁ、小学生でも知ってる事だよね?」
「だよねぇ? “知らない人にはついて『いか』ない”! “知らない人からもらったものは『の』まない”!」
「えっ、『の』は“知らない人の車には『の』らない”じゃ…」

 言いかけたところで、二人に揃って睨まれる。

 はい、すみません。
 私がウカツでございました。

 昨日の帰り間際になって、「今日、清水さんに会いに行くんだ」と、爆弾発言かましたのがマズかったようだ。
 あの日の後も、相当怒ってたからなぁ…「寄り道するとかバカじゃないの?!」って。


 あの事件から2週間が経過して、季節はすっかり夏になっていた。来週からは期末テストも始まって、いよいよ夏休みが間近に迫っている。
 夏休みには学校に内緒で、ちょっとだけでもバイト出来ないかなぁ…なんて思ったりもしたんだけど、この調子じゃ無理そうかも。

 さすがに私も、今回の件はいい教訓になった…と思う。
 もう知らない人から貰ったものを、食べたり飲んだりはしませんよ!

 というのも、私が飲んだコーヒーには、清水さんのお母さんが処方されていたお薬が入ってたからだ。

 抗うつ剤とかいうヤツだそうで、これに加えてキッチンにあったという料理酒も入れていたらしく、量は少なかったものの下手をすると昏倒しかねないとの事で、立派な罪(傷害罪?)になるらしい。

 ちなみにあの日、彼の肩口ですっかり寝入ってしまった私は、そのまま救急車で病院に運ばれた。…全く記憶にないけど。
 で、眠ったままで診察を受けた結果、胃洗浄をするほどでも無いだろうと言われ、それでも大事を取って、その夜は入院という事になったらしい。
 何も知らないままだった私は、薬のせいか最近には無いほど熟睡して、次の日の朝、非常にスッキリと目が覚めた。
 おかげで起き抜けに「あー、よく寝た」と言ってしまい、心配して泊まり込んでたお母さんに、頭を思いっきり叩かれたんだよね…。

 それを聞いた2人にも、もの凄ーく呆れた目で見られましたとも、ええ。

「それで、結局、示談にしたの?」
「あー、うん。…色々誤解もあったみたいだったから…」
「でも、薬飲まされたんでしょ?“彼”が来なかったら、ヤバかったんじゃないの?」
「うん…まぁ…」

 歯切れの悪い私に、ユウキがため息をつく。
 まあ、確かにヤバかった…と言えば、ヤバかった、とは思う。
 追い詰められた瞬間は、流石に怖かったし。

「でも、何ていうかさ、悪気があった訳じゃ無かったんだよね、最初は。」


 喉元過ぎれば何とやらで。

 数日経って落ち着いて考えてみると、元々のきっかけは好意からだったんだよなぁと思うようになった。
 話を聞いて電話かけてきたレイちゃんにそう言ったら、「アンタ将来、DV男と付き合いそうで怖いんだけど?!」って言われた。何でだろう?

 まあそんな訳で、示談交渉に来た弁護士さんに頼み、直接清水さんとお話をさせてもらう事にしたのだ。

 お母さんは最後まで猛反対してたし、当日指定されたホテル1階のラウンジでも、物凄くピリピリしてたんだけど、やって来た清水さんはひどくやつれて、憔悴しきっていた。

 まあ、無理もないっていうか。
 何しろ、清水さんはあの日、やって来た警察に現行犯逮捕されて、何日間か勾留されたらしい。
 幸いというか、片付ける間もなかったから、コーヒーを淹れていたコップとか、私のカバンも靴も家の中にあって、逃れようが無かったのだ。

 親御さんが付けた弁護士さんが言うには、本人もしっかり反省していて、取り調べにも素直に応じていた、と。 

 だから、もう、いっか―――て。

 私は大きく、息を吸って、吐いた。
 ホントのホントは、まだちょっと怖かったけど、でも、言うべき事は言おう。

「あの、“黒蜜きな粉”の件なんですけど。」

 切り出した途端、周りにいた皆がギョッとしたのがわかった。
 まあね、わざわざ呼び出してそれかよ?って思うかもしれないけど、私にとっては大事な事だから、そのまま続ける。

「清水さんが、…取り置き、して下さってたことは、お礼、言います。ありがとう、ございました。」

 話し始めは声も身体も、ちょっと震えてたけど、思ったよりはしっかり言えた。清水さんが、心の底から驚いた、という様に、大きく目を見開いている。

「あと、その…言い訳、なんですけど。私、通学中、イヤホン付けてて。友達にも指摘されたんですよね、話しかけても気付かないって。だから、無視した訳じゃ、ないんです、よ?」

 そう言うと清水さんが、クシャリ、と、顔を歪めた。
 もう一度、深呼吸をする。

「ただ、あの…やっぱりちょっと、怖かった、ので。…もう、2度と、あんな事は、しないで、下さい。」

 さすがに微笑む事は出来ないままだったけど、言いたいことは言えたから、最後によろしくお願いします…と言おうとした、その瞬間、清水さんが手で顔を覆って泣き出した。
 隣に座る弁護士さんが、背中を撫でている。

「もう、いい?」

 隣からのお母さんの声に頷いて、立ち上がった。
 立ち上がれない清水さんの代わりに、弁護士さんが立ち上がって、私達にお辞儀をした。
 また追ってご連絡申し上げます、と弁護士さんが母に話し掛けているのを見ていたら、ポンと頭のてっぺんを軽く叩かれた。

 これ、頭ポンとかそういうヤツなんじゃあ…


 その時の事を思い出してビミョーな気持ちになった。
 目の前で見ていた2人が、首を傾げる。

「どしたの、シズル?」
「や、なんでも…」

 さすがに2人には言えない。
 だって、自分でも激しく謎だったんだから。

 コノヒト、なんでここにいるんだろうなぁ…と。
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