一途な敏腕弁護士と甘々な偽装婚約

 優しく頭を撫でられ、まるで子どものように、思わず母に抱きつく。

「晴正さんにっ、うっ、ふっ、振られたら、このお家に戻っても……いいですか?」

「当たり前じゃない! あなたの実家はここよ! 結婚しても離婚しても出家してもココ!」

 たぶん初めて、母に甘えた。
 今までは、父に対しても、母に対しても、引き取って育ててくれた以上、迷惑をかけまいと過ごしてきたからだ。
 甘えてみると、予想以上に当たり前に受け止めてくれて、それが嬉しくて、また涙が出てくる。

「馬鹿ね。美月は私に遠慮してるとこあるけどね、私は貴女が産まれた時から、貴女が大好きだったし、私の子として育てるって決めてからも、貴女が大事で大好きよ。お姉ちゃんにも負けないわ」

「お母さん……!」

「美月がこの先、困ったことがあったら、晴正さんを頼るのかもしれない。でも、私たち家族だって、貴女の味方で、いつでも助ける気でいるんだって、それだけは信じて頼ってね」

「はい」

 私には母が二人もいるんだな。
それはとても、贅沢で、素敵なことだと思えた。

 晴正さんに受け入れてもらえなくても、私はこの幸せだけで充分なのかもしれない。
 息が出来ない程の、胸の苦しさはもう、味わいたくない……。

「よーし! じゃ、明日の服選びよ! よく分からないけど、明日は決戦なのよね?!」

「──うん。そうです!」

「っしゃ! アパレルメーカー社長としては絶対に負けられない戦い!」

 母はそう言うと、いつも通り、着せ替え人形のように私を色々着替えさせた。明日の服を決めた後は、ドレス姿も写真に撮られ、私はなかなか眠れず。
 しかしそれが余計なことを考えずに済んで、かえって良かった気がした。
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