一途な敏腕弁護士と甘々な偽装婚約
「車で来たんだ。行こうか」
「……どこへ?」
「うーん、内緒! 楽しみにしてて」

 てっきり会ってすぐに振られるものと思っていたが、違ったようだ。
 最後の思い出作りをしてくださる、ということなのだろうか。

 乙女ゲームでしか恋愛を知らなかった私の人生の中で、次の恋に落ちることはもうないかもしれない。
 だとしたら、今日を楽しまなきゃ損かも。

「……あ、あのさ、今日の美月、すっごく可愛いよ」

 私の手を引いて歩く晴正さんが、こちらを向かず言った。耳がなんだか赤いような……?
 今日は最後の思い出作りに加えて、リップサービスも? かぁっと顔が熱くなった。

「あ、ありがとう、ございます」
「美月とデート、したかった。ずっと。だから嬉しい」

 まだ赤い顔で、熱い視線を向けられて、息が止まる。心臓が痛い。
 そんな言葉、狡いです。
 私、諦められなくなりそうで、怖い。

「今日来てくれて嬉しい。美月に楽しんでもらえるように頑張るよ」
「はい……」

 蚊の鳴くような声でそう返事をすることしか出来なかった。

 この人は残酷だ。
 最後の思い出を楽しくしたら、貴方はきっと私の中で、不動の地位を築いてしまう。
 貴方の思い出が私の中で溢れて、もう、身動きが取れなくなるのに。
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