一途な敏腕弁護士と甘々な偽装婚約
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 新人研修も終盤に差し掛かったある日、思い詰めた表情の彼女が突然目の前に現れた。

「え、栄養ドリンクばかりだとお身体に悪いと思いますっ……! あ、あの……も、も、もしよかったら、こっ、この弁当を召し上がっていただけませんかっ!?」

 何日かまともに寝てなかったし風邪も引いていた。裁判が立て込んでいて、食事を取ることも忘れていた。

 そんな俺の身体を気遣って、わざわざ弁当を作ったようだった。教育係を引き受けた時に「男性と話すのが苦手」だと打ち明けてくれていた。弁当を差し出す手は少し震えていて、ひどく緊張しているのが伝わって。
その勇気に、ちょっと心が動いた。

「気遣ってくれて、ありがとう。有り難くいただきます」

 野菜中心で、優しい味わい。卵焼きが実家の味と似て甘くて、疲れた身体に沁みた。
 食事を美味しいと思いながら味わって食べるのは、久々のことだった。優しさの詰まったその弁当は、彼女を特別視するきっかけには充分だったと思う。

 それから、よく彼女を気にかけるようになった。奥ゆかしい内面と痒いところに手が届く気配り、そしてたまに見せる笑顔。

 あっというまに恋に落ちた。

 弁当のお礼と言って食事に誘ってみたが、即決で断られた。あんまりしつこくしても嫌われるかもしれないと思い、時々彼女の好きなプリンを手渡す程度にアピールした。

 彼女は見た目も可愛い。
色白で大きな黒目。ロングの黒髪がよく似合っている。小柄だが、1つ1つの所作が美しく綺麗だ。

 だからモテる。
他の男達からも色々誘われているようだったが、全て断っていた。やはり男性と話すのが苦手なようだ。だから少し安心もしていた。
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