一途な敏腕弁護士と甘々な偽装婚約
 事務所近くのお洒落なデザイナーズマンション。その最上階が西園寺先生のお宅だ。

「ただいまー」
「お邪魔します」

 そう呟いた瞬間、先生がクルッと振り向く。

「違うよ。ただいまでしょ。ここは今日から君の家!」
「た、ただいま帰りました!」

 そう言うと、先生は満足気ににっこり笑って「正解」と私の頭をポンっとした。
イケメンに頭ぽんぽんされる日が来るなんて。私、レベルアップしたかもしれません!

 なんて思った途端、「もう一つ練習しよう」と先生がニコニコしながら言う。どうやらその練習にもクリアしないと、家に上げてもらえないようだ。

「仕事中以外は、下の名前で呼び合おう」
「えええ! 私も呼ぶんですか?」
「そうだよ、美月。じゃないと、皆に怪しまれちゃうよ。恋人同士なんだから、名前で呼ぶのは当たり前でしょ。ほら、俺のこと、呼んでみて」

 西園寺晴正先生。
名前なんてパラリーガルになってから、何度も何度も見たり聞いたり書いたりしてきた。でも下の名前だけを言葉で発することが、こんなに緊張するイベントだとは思いもよらなかった。私にはハードルが高すぎる!

 しかし先生は、イケメンキラキラスマイルのまま、私が呼ぶのを待っている。玄関で仁王立ちされていて、もはや逃げも隠れも出来ない。

「は、は、はる、まさ、……さん」

「はは! 美月、顔真っ赤だよ!」

 そう言う晴正さんの耳も少し赤い。やはり本物の恋人同士がそれなりに親しくなってから、呼び合うようになるものなのかも。

 恥ずかしくて 、早く自分の部屋で寝てしまいたいと思い、急いで食材を冷蔵庫に閉まって、布団を敷きに自室へ逃げ込んだ。
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