一途な敏腕弁護士と甘々な偽装婚約
* * *

「俺が悪いってのか?! 普通に道路を走ってただけだぞ!!」

 我が法律事務所の応接ソファにどしんと座り、物凄い剣幕で怒鳴っていらっしゃるのは、黄田川牧蔵(きたがわまきぞう)様、63歳。

 晴正さんが弁護する裁判の相手方だ。つまり、クライアントではない。
 交通事故の過失割合で揉めに揉めて裁判になってしまった。今日はそのことで担当弁護士にお話があるそう。

 ただでさえ苦手な男性が激昂している状況は、正直に言って怖い。

「ただ今、担当弁護士が外出中でして──」
「じゃあ誰でもいいから連れてこい!!」

 黄田川様は、素敵なロマンスグレーの髪を乱しながら叫び倒している。晴正さんは運悪く外出中。クライアント先からそろそろ帰る頃だが……。

 普段はセンシティブな情報を扱うことが多い為、クライアントとの打ち合わせは個室対応が基本だ。
 だが、こうしたクライアント以外のクレーム対応は、人目のあるオープンスペースで対応することになっている。

 今回もそうしているのだが、これまた運悪く弁護士の皆様は、別のフロアで朝礼中。黄田川様の騒ぎには気づかないようだ。

 残っているパラリーガル達は、晴正さんと私の交際発覚(偽装ですけどね!)を機に、私を敵視している方ばかり。今回も冷たい目線を寄越してくるだけで、弁護士を呼ぶ等してくれる筈も無く、手助けはしてくれないつもりのようだ。

 頼みの綱の愛海先輩も、今日はお休み。

(手が震えてる……何とか、晴正さんが戻ってくるまで頑張らなくちゃ……)

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