一途な敏腕弁護士と甘々な偽装婚約



「で? 他の弁護士は? 何でお茶は誰も淹れてくれなかったの?」

 黄田川様をエレベーターホールまで見送った直後、突然晴正さんからの事情聴取が始まった。

「……あ、いえ……あ〜、皆さん朝礼中で……」
「いつもはそれでも来客優先だ。誰か別の人が会議室に弁護士を呼びに来るだろ? 何で今日は誰もそんな手助けしてくれなかったの?」

 怖い。晴正さんが怖い顔をしている。思わず後退りしてしまったが、すぐ壁に背中が付いてしまう。

ドン!

 晴正さんが壁に手をついて私を見下ろす。おお、私、イケメンに壁ドンされてます! 怒っている顔。こんな顔もカッコいい。

 その顔を見たら、とっても変だけど、なんだか少しホッとした。ああ、私、晴正さんが事務所に戻ってくるのを心待ちにしていたのか……。

 私達パラリーガルはサポートばかりで、いつも矢面には弁護士の先生方に立ってもらっていたことを、今になって気が付く。
 正面から、相手の不満を受け止めるのは、思ったよりずっと、ずっと……。

「……っ」

 ガタガタと身体が震え始めて、涙が次から次へと出てしまった。自分で自分に驚く。

「あ、あのっ……こ、これは……なんでもっ、なっ……んん!」

 晴正さんに抱きしめられた。いつもより性急で力強い抱擁に、驚き過ぎて心臓がバクバクいっている。

「怒ってごめん! 怖がらせて、ごめん……落ち着いたら、執務室に行こう。そこで、ゆっくり話そう」

 そう言って私の後頭部を優しく撫でてくれた。ドキドキしている忙しい心臓とは裏腹に、不思議と震えは止まっていた。
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