一途な敏腕弁護士と甘々な偽装婚約
「よし! あとは冷まして飾り付けするだけね!」
夕飯の支度を終えて、私たちはチョコレートケーキを焼いた。父の好きなメニューばかりの食卓。母はそれをとても楽しそうに作っていた。
「それにしても、さっきからすごい雨。予報は晴れだったのに……」
その日は夕方から予報外れの土砂降り。雷鳴も酷さを増すばかりだった。
「お父さん傘持ってるの?」
「ううん。持ってないのよ。お母さん車で迎えに行こうかな。美月も行くでしょ?」
「うーん、私は待ってようかな。飾り付けを私がしておいたら、パパに見られないで済むでしょう?」
母は私を一人で置いて行きたくない様子で、心配そうな顔つきになった。
「一人でお留守番は怖いんじゃない? 雷も鳴ってるわよ?」
「大丈夫! テレビを付けておく! 駅までなら三十分くらいでしょ?」
「……まぁ、すごい雨だしね……。じゃあ、お母さん行くけど、戸締りしっかりね。」
これが母の最期の言葉。とても心配そうな顔。
「うん! 気をつけて行ってらっしゃい!」
それから私はチョコレートケーキの仕上げをしていた。でも、出来上がって暫くしても、一時間たっても、父も母も帰ってこなかった。
車の事故だった。
雨で見通しの悪い交差点で、大型トラックが──。
忘れていたのに。