legal office(法律事務所)に恋の罠
「失礼...」

奏がさりげなく書類を引き取った手を引くと

「いえ・・・」

と無表情のまま、和奏が視線を向けてきた。

真っ直ぐな視線、シミのない白い肌、奏と同じブラウンの髪と虹彩。

時が一瞬止まったように感じた。

奏が

"抗え切れない力で和奏に引き寄せられる"

と身構えた刹那...


「和奏さん!」

と、執務室に飛び込んできて空気を壊したのは、やはり、莉音だった。

「またお会いできてうれしいです。これ和奏さんに」

莉音が渡してきたのは、小さな鉢植えと透明な小袋に入れられたピンクのマカロンだった。

鉢植えは紫色のカンパニュラ。

ベル型の花がかわいらしい夏の花で、花言葉は『感謝、誠実、節操』

そんなものはこの鉄壁弁護士には迷惑なだけだろう、と奏は思った。

しかし、花を受け取った瞬間、

やわらかく和奏が微笑むのが見えた。

それは本当に一瞬だったが、花を見つめる和奏の顔は天使のように美しく、儚げだった。

「ありがとうございます。しかし、弁護士がクライエントから贈り物をいただくわけには...」

「いえ、この花は昨日、私が友人から貰って手をこまねいていたものです。先生は植物を育てるのがご趣味だと伺ったんですけど、先生に貰って頂けないのならゴミ箱に捨てるしかありませんね」

和奏の表情は元のアイアンフェイスに戻っていた。

花をジッと見つめた後、和奏は横に座る秘書の湊介をジロリと睨む。

「山崎、個人情報の漏洩は重罪ですよ」

「何のことでしょう?僕にはわかりかねます」

ニヤリと笑った湊介は、素知らぬ顔をしている。

いつの間に莉音と仲良くなったのだろうか?

和奏の植物好きを知る者は、山崎家の人間の他には一名しかいない。

何のつもりで個人情報を渡したのか、和奏が聞きたいくらいだった。

「捨てるおつもりならこちらで引き取りましょう」

「良かった!それと、このマカロンですけど、私の手作りなんです。味見してもらいますか?」

可愛らしく子首をかしげて上目遣いをする莉音。

和奏はフッと笑うと

「仕方ありませんね。今回だけですよ」

と言って、眼鏡の縁を持ち上げてそれらを受け取った。

向かい側で、その笑顔に一瞬見とれていた奏も、クスッと笑った。

女性にさして興味も関心も抱いたことのなかった奏の心に恋の種が芽ぶいた瞬間だった。
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