legal office(法律事務所)に恋の罠
「莉音さんと関係ないことにも言及してしまい、お時間をとらせて申し訳ありませんでした」

エレベーターを待つ和奏の横に立った奏に、エレベーターの扉を真っ直ぐに見つめたまま和奏が言った。

「宇津井弁護士と以前、何かあったのですか?」

奏の問いに答えるべきか悩んだようだが、

「今まで出会った中で、二番目に嫌いな男性です」

と和奏は呟いた。

「仕事とはいえ、そんな男と関わらせてすみませんでした」

心配そうに謝罪する奏に、驚いたように和奏が顔を向けた。

眼鏡越しの大きな瞳には僅かに涙が浮かんで潤んでいる。

思わず自分の胸に和奏を抱き寄せてしまった奏は、驚きながらも、優しく和奏の頭を撫でていた。

「我慢しなくていい・・・泣きたいときは,泣いていいんだ」

胸の中の和奏がビクッと僅かに動いた。

しんと静まり返ったフロアに、二人の心音だけが響く気がした。

しかし、その静寂を遮るように、

「おやおや、男嫌いの鉄壁弁護士が、ホテルのCEOである桜坂王子には陥落ですか?やっぱり金には目がない女なんだな」

先程と同様に、慇懃無礼な宇津井の声が廊下に響いた。

ゆっくりとした動作で、和奏が奏の胸を押して離れていく。

今の距離からすると、会話の内容は聞かれていないだろう。

和奏の表情はいつものアイアンフェイスに戻ってはいたが、握った両拳が僅かに震えているのが奏にはわかった。

奏はそっと和奏を自分の背中側に匿うと、

「夢谷先生の目にゴミが入って痛くて俯いていたんですよ。確認しようとしたら彼女が倒れそうになった。それだけです」

「ふうん、桜坂王子はどなたにも平等にお優しいんですね」

この宇津井という男は、頭が悪いだけではなく、本当に性格が悪いらしい。

奏の中でも、たった今この世で嫌いな男No.3内にランクインした。

「どなたにも、と言うのは語弊がありますね。私は無礼で意地の悪い人間には容赦しませんよ。覚えておくといい」

奏は和奏の背中を押すと、到着したエレベーターに乗せ、

宇津井の目の前で、ニヤリと笑って扉を閉めた。

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