legal office(法律事務所)に恋の罠
「よう、和奏」

ホテルの内情を詳しく知ろうと、休憩中の女性スタッフに話を聞き終え、挨拶をしてスーベニアショップを出ようとしたときだった。

そこには、黒髪の背の高い男性。

宇津井が立っていた。

「なぜ、あなたがここに?」

「今日は客としてここに来ている。お前の許可をとる必要はない」

和奏が、先程まで女性スタッフに向けていた笑顔を封印し、アイアンフェイスを張り付けるのを、女性スタッフが見て驚いている。

「町田さん、お疲れ様でした。もう、職務に戻る時間ですよね。お話を聞かせていただいてありがとうございました」

和奏はさりげなく、町田という名の女性スタッフに離席を指示する。

「いえ、こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」

そう挨拶をして一礼した町田が、店の中に入っていくのを確認した和奏は、エレベーターに向かって歩き出した。

「それより、仲川の事務所に届いたあの趣味の悪い鉢植えは何だ?」

宇津井は、それが当然であるかのように、和奏の横に並んで歩く。

「何のことですか?私にはわかりかねますが」

和奏の冷たい返しに慣れているの宇津井は、ニヤニヤしながら和奏の肩に手を回す。

「差出人がここの御曹司になってたぞ。あの花の意味、俺への宣戦布告だろ?だが、お坊っちゃまにできることなんて所詮、たかが知れてる。お前も味方が増えていい気になってるかもしれないが、あんまり俺を怒らせるなよ」

宇津井の顔が和奏の顔のギリギリまで近づいてくる。

気持ち悪い。

吐き気がして倒れそうだが、体が動かない。

大学時代、散々、宇津井にちょっかいを出されていたが、身体に触れられたことはほとんどなかった。

弁護士になって、ようやく和奏と同じ土俵に上がったつもりになっているのか、宇津井は急に和奏への敷居が下がったとでも思っているのだろう。

「それに、社長さんには女がいるぜ。それも数人な」

宇津井は得意気に、ポケットから数枚の写真を出して和奏に差し出す。

震える手でそれを受け取る和奏。

写真には若い女性と抱き合う奏の写真、それも全て別の女性だ。

「みんなここの従業員だ。辞めた奴もいるけど、なんなら直接話を聞いてみるといい。セクハラ、パワハラ色々出てくるかもな。お前、女性担当の顧問弁護士なんだろ?」

耳元で囁く宇津井の吐息が生暖かくて気持ち悪い。

「話はわかりました。ご忠告はありがたいですが、離れてください。あなたこそセクハラで訴えますよ」

ようやく口にした言葉を投げつけ、宇津井の腕を払ったとき、前方から奏の秘書が駆けてくるのが見えた。

ホッと息をつきながらも、和奏は写真をバインダーの中にしまった。

「夢谷弁護士、大丈夫ですか?」

おそらく女性スタッフの町田が、宇津井と和奏のただならぬ雰囲気を察知して、松尾に連絡したのだろう。

とにかく、これ以上、宇津井に絡まれるのは不快でしかないため、素直に助かった。

「大丈夫ですか、とは失敬だろう。俺は客だぞ。クレームを出されても文句は言えないぞ」

「これはこれは、宇津井弁護士でいらっしゃいますね。恐れ入りますが、社長より、宇津井さまの当ホテルへの立ち入りは制限させて頂きます、と伝言を承っております」

松尾の言葉を聞いて、宇津井の顔が不気味に歪む。

「忠告しておく。こいつに絡むと、男はみんな不幸になっていくんだ。もちろん、どっかの御曹司も例外じゃない」

深呼吸をすると、宇津井は元の自信に満ちた顔に戻っており、

「誰もこいつを懐柔できないんだ。俺以外はな」

と自信満々に言った。

「こんなホテルには、もう二度と客としては来ない。桜坂に首を洗って待ってろと伝えろ」

「承知しました」

恭しく頭を下げる松尾に不安気な様子はなく、一貫して堂々とした態度だった。

チッと舌打ちをしてエレベーターに乗った宇津井は、

「またな、和奏。ちゃんと言いつけを守れよ」

と言って、エレベーターの扉を閉めた。

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