legal office(法律事務所)に恋の罠

10

「急にお呼びだてして申し訳ありません」

「いえ」

和奏が呼び出した一人目の女性は、ハウスキーピングを担当する21歳の女性だった。

名前は戸松七奈美。派遣ではなく、3年前からこちらに新規採用となった高卒採用者。

「はじめまして。先日、こちらの顧問弁護士になりました、夢谷和奏と申します。女性スタッフの地位向上に向けて、すべての女性スタッフのお話を聞いております。部署には伝えてありますので、時間は気にしないように」

「はい」

戸松が着ているのは、メイド服をイメージした清掃服でこのホテルのオリジナル。

対外的にもとても評判がいい。

和奏は、威圧的にならないように戸松を観察しながら笑顔で質問をした。

「何でもいいのですが、このホテルの勤務条件その他でお困りのことはないですか?」

戸松は視線が定まらず、手をモジモジさせていた。

和奏は焦らず、じっと彼女の反応を待った。

「実は・・・」

戸松は意を決したように言葉を発した。

「桜坂CEOのことです」

"きた"

と和奏は思ったが、そこは場馴れした弁護士。

表情も態度もいつもと変わらず申し分ない接遇で対応した。

「CEOにお客様からのセクハラについて相談した時、CEOから抱きつかれて・・・」

緊張で手が震える戸松に

「大丈夫ですよ。ゆっくり話してください」

と、和奏が優しく手を添える。

「それで・・・。体の関係を強要されて・・・」

和奏の胸がズキッと痛んだ。

「断ったら、客室の清掃中に身体に触ってくるようになって・・・」

戸松は俯いたまま和奏を見ず、青い顔をして言葉を続けた。

「そうですか。誰にも言えなくて辛かったですね」

和奏は優しく戸松の肩を擦った。

「でも・・・!」

「でも?」

「いえ・・・何でも、ありません」

一旦顔を上げて、和奏の目を見た戸松だったが、すぐに目を反らし、それ以上話すのをやめてしまった。

「辛い出来事を話して下さりありがとうございました。この件にはセクハラだけでなく、ポジションパワーを悪用したパワハラも絡んでいます。引き続き調査をしていきますのでご安心を」

「あの・・・CEOには・・・」

「ええ、事実関係が確認されるまではCEOは被疑者です。あなたに有利な証拠が揃うまではCEOの耳には入れないようにしますのでご安心を」

戸松は、奏の耳にこの話が伝わるまでに時間があることを知り安心したようだ。

「ところで、お客様からのセクハラとは具体的にどういう・・・」

さっきとはうって変わって、戸松は饒舌に話始めた。

チェックアウト時間ギリギリに退室する振りをして、清掃のため部屋に入ろうとする清掃員に手を出そうとしたり、写真を強要したり。

「なるほど」

和奏は、戸松の話を聞きながら、彼女の観察も続けていった。


< 71 / 107 >

この作品をシェア

pagetop