レンダー・ユアセルフ
限りある時間だからこそ自由に憧れる。だがアリアナは両親を裏切るつもりは毛頭ない。
いつか誰か知らぬ人と結婚する身であることは重々承知している──
もうすっかり馴染みとなってしまった下町の優しい人々を脳裏に思い起こしながら、あと彼らに何度会えるのかという切なる侘しさを胸奥に押し留め、彼女は走ったのだった。
目によく映る緑が心を和やかにしてくれる。
それは城下町に続く階段を下り終え、酒場まであと一息といった場所で起こった。
「──っ、たッ…!」
目の前をよく見ていなかったのかもしれない。
ただ気持ちが逸ってしまって、そんな自らに付き従うままに脚を進めていたのだから。
烈なる痛みを催した彼女は思わずぶつけた額を手で覆い、その場に蹲る。
「ごめんね。大丈夫?」
そんなアリアナの頭上から響く、低く魅惑的な声音。