レンダー・ユアセルフ
アリアナが華奢な双手でミーアの指先を包み込んだ。
僅かながらに瞠目したミーアは唇を震わせて、先の彼女の科白を必死に噛み砕かんとしているのが判る。
「……勝手なお願いだとわかってはいるのだけれど。ミーア…ジョシュアのことを、よろしくお願いします」
「……っ、」
「もう行くね。短い間だったけれど、この地で知り合えたのが貴女で本当に良かった」
―――次の瞬間。
ふぁさ、と。彼女の瞳以外を覆う黒地の布をアリアナ自身が取り払った事で、これまで露見し得なかった蜂蜜色の豊かな頭髪が姿を現す。
背中で波打つ其れを、夜の風が優しく攫っていく。
初めてアリアナの風貌を目の当たりにしたミーアは、余りの美々しいその姿に目を丸くして静止している。
髪と同じ色を湛えた瞳がミーアの事をもう一度見詰めた。
「良くしてくれて本当にありがとう。それと、こんな形のお別れでごめんなさい」
―――さようなら、ミーア。
非の打ち所などまるで無いような笑顔。美麗な表情でそう口にしたアリアナは、今度こそ颯爽とした足取りで目的の馬車乗り場へと向かって行く。
暫く茫然自失と、彼女の去って行った方向を唯々見詰めていたミーアだったのだけれど。
「アリー様、貴女は一体――…?」
小さく呟かれた彼女の独白は、静々と月夜の空気に溶けていった。