レンダー・ユアセルフ



自分勝手な感情であることは百も承知だったけれど、心の奥底から沸き上がる喜びに胸が震えた。

自らが肯定しなかっただけで、こんなにも気持ちはジーファへと向かっていたのか――生まれて初めて『恋心』というものを抱いたアリアナは、自分の想いの変わり様に困惑する。







そしてシャムスに渡って来たことを、何よりも後悔した瞬間だった。



「……こんなふうに自分勝手な振る舞いをして、みんなを困らせて。ごめんなさい、リリア姉様…お父様、お母様も、本当にごめんなさい…」



視線を落として涙を流す妹を、姉は穏やかな笑みで静かに見詰めていた。

アリアナとよく似た華奢な隻手が彼女の背中をゆっくりと摩り、馬車内には小さな嗚咽が響き渡る。




「アリアナは信念を貫く性格だもの。ここに来るのが最善だと思って渡ったのでしょう?」

「……そんなに正義感溢れる感情じゃなかったわ」

「いいのよ。過去のことなんて正当化して誤魔化しちゃいなさいよ。私だって夫に今回のこと、たぶん出来過ぎた嘘で言うことになるんだから」



悪い表情《かお》でニヤリと破顔してみせた姉を見上げ、堪らずくすくすと笑みを溢してしまう。








「さて、アリアナ。行き先はどうしようかしら?」



行き先も告げずに喋ってばかりの女性客に気を揉んでいたらしい馬車の主は、漸く動き出せると人知れず息を吐く。

そんな様子を知ってか知らずか、飛び切りの笑顔で蜂蜜色の眸を細めたアリアナは弾む声色でこう口にした。








「ユースヒトリ国へ!」








思い起こすのはあの鮮やかな金髪と煌びやかな碧眼。懲りずに憎まれ口ばかり叩く不器用な王子は、まさかアリアナが今から出向くとは露知らずにいるだろう。

お転婆な王女姉妹を乗せた辻馬車は、目的地に向け颯爽と走り出した。


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