レンダー・ユアセルフ
/これが貴方の本性?
──信じられない。まさか、あの方がそんな不貞を働いていただなんて…。
ただの噂話。されど、火の無いところに煙は立たぬというではないか。王宮までの帰路に就くアリアナは深い思惟に沈み込んでいた。
それにしても、どうしてこんなにも動揺してしまっているのだろう。
どうせもう逢うことの無い相手なのだ。忘れてしまえばいいのに、何故かそうすることができない。
闇に染まる道を慣れた足取りで進んでいく。
宵に浮かぶ街灯が、彼女のもつ蜂蜜色の豊かな頭髪を煌めかせていた。
質素に見えるようひとつに束ねていたそれも、珍しい髪色のせいで人知れず存在感を醸し出している。
彼女の媚びることもなく、凛とした佇まいが人の目を更に惹き付けてやまないことにアリアナ自身も気付くことはない。
眼前に映る曲がり角。そこを曲がれば、あとは城まで真直ぐに進めば良いだけだ。
数時間前に走り抜けたこの場所で出逢った噂の貴公子のことは、もう忘れようと心に決める。
だんだんと視界を占拠していくコンクリート造のそれをゆるやかに曲がった、その瞬間のこと。
「こんばんは、お嬢さん」
まさかという思いが彼女の胸中を埋め尽くす。
日の暮れる前に同じ場所で耳朶を擽ったあの声が、又もやアリアナの心に深く刻み込まれる。間違いない。そう思いながら、彼女は恐る恐る強張った顔をもちあげた。