レンダー・ユアセルフ
「ひ、みつ…とは」
「知らぬ振り?それもいいけど、後々困るのはきみじゃないかな」
「っ、私はなにも隠してなど…!」
この男はなにを言っているのか。
これまで口にしてきた丁寧な口調とは打って変り、脅すようなそれが彼女の不安や焦燥を助長させる。
──うそ。絶対に…うそ。王女であることを知っている人間なんて、居るはずがないわ。
貴族階級の人間ならともかく、この城下町で彼女の素顔を知る人間は皆無に等しい。
拘束された腕は未だほどかれることなく、気持ちが拒むほどに彼の体温が伝わってくるのを実感してしまう。
触れられていることで高鳴る鼓動をひた隠すように、できる限りの敵意を込めて睨み据える。
そんな抵抗を繰り返す彼女を見て彼が浮かべたのは、眉間の皺ではなく艶然たる笑みだった。
焦れるほどゆったりとした速度でアリアナに近付くジーファ。縮まる距離に比例して速まる鼓動を全身で感じた彼女は、大きく瞠目を繰り返す。
「王女たる貴女が下町で遊び呆けているなど、この国の人間や国王陛下がお知りになったら……さぞ悲しみに暮れるだろうね?」
核心を突くその言葉で刺しぬかれた瞬間、彼に従う他の選択肢など消え失せた。
ジーファの笑みは天使のように清らかだ。しかしながら、向けられている言葉を思えば何どきであっても含みを携えている気がしてならない。
純粋に歓喜できる心境ではなくなったのだ。その瞬間、彼女はこの──噂の貴公子殿に、軽く自分が屠《ほふ》られてしまったことを悟った。