レンダー・ユアセルフ
彼女──アリアナは颯爽と、毅然たる面持ちでドレスの裾を掴み歩み進めていた。
一見たおやかにも見える彼女の所作は、擦れ違うすべての者の視線を奪い去っていく。
凛とした佇まいに憧れ溜め息をつく貴族令嬢たち。片や、いつか自らの伴侶にするべく、虎視眈々と付け入る隙を狙う男性貴族たちも数多い。
アリアナは第二王女であるがゆえ、その結婚相手に関しては姉のリリアに比べて、ある程度両親共に寛大だったのだ。
そんな噂を聞き付けた貴族たちは、それはもう歓喜した。当然自分たちでは届かない身分である一国の王女を、自らの手の内にできるかもしれないのだから。
そうなれば伯爵家の名声はとどまるところを知らず、王族との繋がりまで手に入れられる。
まさに願ってもないチャンスなのだ。
「アリアナ王女。私と一曲、踊ってはいただけませんか?」
「…せっかくですが、まだ少し会場の空気に呑まれてしまっていて。きっと、貴殿の評判を落としてしまうことにもなりかねませんわ。また今度、是非…」
やんわりと誘いを断っていくアリアナだったが、この行為を今日だけで何度繰り返したかも分からない。誰とも踊るつもりなど無かったのだ。
頬をやや紅く染め、面映ゆい表情で去っていく彼女に会場の男性陣は釘付けだったらしい。
懊悩《おうのう》たる面持ちで彼らを見上げる彼女のミステリアスな、それでいて清廉な佇まいに心を奪われていく。同じ会場内にいた姉のリリアはすぐにそれを理解した。
だがそんなとき、彼女を取り巻いていた男性たちが三々五々道をあけていくという奇妙な光景を目の当たりにする。
しかしながら、当のアリアナは瞬時にその真相を理解した。空けられた道の中央から歩み寄ってくる男性が彼女の知る人物だったからだ。
「……」
怨恨すら感じるほどの強い憎悪。さながら蛇蝎《だかつ》を睨みつけるような鋭い眼光で男に視線を突き刺したアリアナは、早鐘を打ち始める鼓動を窘めて優雅に一礼して見せた。
そんな彼女を眇めた眸で一瞥した隣国の王子は、飄々たる態度で彼女の礼に応える。
「ごきげんよう、麗しき姫君」
―――ここで場面は冒頭へと戻るのだ。