レンダー・ユアセルフ
乱れる呼吸を窘めるように胸に手を置き、辿り着いた建物をゆっくりと見上げてみる。
朝の閑散とした街を走り抜ける彼女を見る人の目は、予想に反して無関心なもので。
目的の店──いつも通っていた酒場に辿り着くこともできずに終ることすら覚悟していた彼女からしてみれば、それは想定外にしろ嬉しいことに違いなかった。
「……、っ……」
忙しなく上下する肩。なんとか落ち着いた頃合いをみて、「OPEN」と記されたプレートの下がっている扉をゆっくりと開けていく。
こんなふうに来てしまったものの、まさか朝に開いているとは思わなかった。
──チリンチリン、陳腐なベルに迎えられて一瞬肩が強張るが、懐かしい気持ちが込み上げてその胸奥は直ぐに穏やかさを取り戻す。
いつも毅然たる面持ちでこの扉を掻い潜っていた。しかしながら、このときばかりは強張る頬を緩められないアリアナである。
開けた扉の向こうで彼女の視界を待ち受けていた光景。
信じられない思いとは裏腹に、するりと手を離したことで──バタン!大袈裟すぎるほど大仰な音が店内に木霊する。
その根源に釣られるようにこちらを振り向いたいくつかの目。
どくんどくん、──まるで自分の中から抜け出してしまったかのように独りでに早鐘を打ち始める心臓を、がらんどうな瞳で非現実なものにすら感じ始めていた。
「……な、……どうして、」
上手く言葉が出てきてくれない。それほどまでに狼狽を極める彼女の様相を、相対する人間はくすりと艶然に笑むことで一蹴した。