レンダー・ユアセルフ
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目の前の少女を少し冷やかな瞳で観察していた。だって、朝母親から言われた言葉が今でも脳内を占拠していたから。
《貴方は将来、チューリアのアリアナ王妃と結婚するの。だから今日は、彼女に気に入られるよう精々努力することね》
幼いころから両親に本当の意味で愛されていないことは百も承知だった。
今から大凡十年前、拒否権はないと言わんばかりの態度でそう言葉を重ねられた彼の心に芽生えた反抗心。
『おやめください、ジョシュア様…!』
『うるさい。みんなうるさいんだよ、僕に命令ばかりして』
待つよう厳命された客間で、逃げだそうとするジョシュアを引きとどめていたメイド。
彼女の腕から逃れようと奮闘する彼をあざ笑うかのように、室内に響く女中の声。
『アリアナ様、御到着にございます』
その声にぴたりと一切の動きを封じられる。まるで金縛りにあったみたいだと、幼心に彼はそう思った。
こうなったら、その「アリアナ」とかいう王女に対して悪態の限りでも尽くしてやろう。…そう思っていたジョシュアだったが、彼女の姿は思い描く「王女」像から逸脱していて──。
『アリアナ、次はいつ来れる?』
別れの時間が近付くなり、彼はそれを惜しむかのようにそんな台詞を口にしていた。
こんな筈ではなかった。せいぜい高飛車だろう王女を虐めて、母親の思惑を阻止してやろうと考えていたのに。
いつの間にやらアリアナを欲してしまったのは、他ならぬジョシュア自身だったのだ。
『わからないけど、絶対にまた会いにくるよ』
ジョシュアを王子だとは少しも疑っていない彼女の、純粋な言葉に舞い上がる。
しかしながら、アリアナがその先一度でもシャムスを訪れることは無かった──。