レンダー・ユアセルフ
幾年にも渡り交流を深めこそすれ、彼女の中でジョシュアに対する恋愛感情は無いに等しい。
そうは言っても、アリアナは初恋すらまだ経験していない。言い換えると彼女は恋愛する権利を持たないと自覚していたのだから、憧れはあっても身近な異性を意識してはならなかったのだ。
だからこそ、こうしてひた向きなまでの情熱をまっすぐ彼女に向けるジョシュア相手に、何を口にすれば良いのかわからなかった。
「…いいよ、知っていたからね。僕は王子ということを君に言わなかったけど、きみは僕に分け隔てなく接してくれたでしょ?それがすごく、嬉しかったんだ」
あの横暴なユースヒトリの王子に比べ、中性的な顔立ちをもつジョシュアはそっと眸を伏せて先の言葉を紡いでいく。
「今まで会ったことのある王女とはまるで違った。だからこそ、惹かれたんだ」
そして真直ぐに射抜かれる。何かを言葉にしようとしても、こんなときに限って飾り物のように唇が動いてはくれなくて。
大きな瞳を揺らして幼馴染だと、──今日までそう思ってきた青年の顔を見つめ返すアリアナ。
「アリアナ」
耳朶の近くで囁かれる。店主は別の客のところで談笑しているし、この会話は他の人間に聞かれてはいなかった。
「僕と一緒に、この国から逃げてくれない?ずっと一緒に居て欲しい」
──結婚に反発し胸中を靄が覆っていたアリアナにとって、それはさながら悪魔の囁きのように思えたのだった。