レンダー・ユアセルフ
ユースヒトリという大国の存在が脅かす影響は、二つの小国にとって計り知れない。
だからこそもう一度ジョシュアに問う。一歩間違えると、戦争にだって繋がりかねない。
そして彼の口から飛び出したのは、驚くべき提案だった。
「僕だって一国の王子だからね。自国を戦火に巻き込みたくはないし、大好きなアリアナの国だって同じだよ。……聞いてくれる?良い考えがあるんだ」
水滴を纏うグラスを指先で撫ぜたジョシュア。隣に座る蜂蜜色の豊かな髪をもつ少女を流し目で捉え、ゆっくりと続きを紡ぎだす。
「──シャムスでの未亡人の装いは知ってる?」
「…え?ええ、確か顔を見られないよう黒い布で覆って…」
「そう、それだよ。その手を使うんだ」
シャムスでは女性の平均年齢よりも男性のそれが低く、夫に先立たれた妻の数が他国に比べ多いという事情がある。
そのため発展した風習というのが、黒い布地で他の男性に顔を見られないよう隠すというもの。頭からすっぽりと覆うことのできる大きめの布を被せ、目だけが外部から確認できるという状態になる。
しかしながら、顔を隠す所以は先立った夫以外の男性に見初められないようにするためであって、未亡人を装うことはジョシュアの隣に立つ理由にはならないのではないか。
アリアナはすぐにそう思い至り、若干口ごもりながらも音韻を吐き出す。
「……ジョシュア。だったら恋人という設定はやめたほうがいいんじゃない?」
「どうして?」
「だって…」