レンダー・ユアセルフ
気まずげに瞳を逸らすアリアナを見た彼は敏い男だ。彼女の様子を一瞥しただけで大凡見当が付いたジョシュアは、ああと頷くなり至極軽い口調で一言。
「未亡人を娶ってはならないという決まりは無いよ?」
「……世間体が悪いわ。貴方の評価が下がってしまう」
「そんなの気にする必要ないよ。僕は何を言われても平気だし。それに、恋人だって言っておくのには大事な理由があるんだから」
誰かを連想したのか、一瞬険しく眉根を寄せたかと思えばすぐに穏やかに笑んで取り繕うジョシュア。気にはなるものの、彼からは言おうとしないので欲をぐっとのみ込んだ。
そんなアリアナだったが、知らずの内にシャムスへ逃げる計画に片手を掴まれてしまっていて。
情熱的な告白を聞いて情が湧いたことも事実。けれど、最たる理由は彼女自身のジーファとの婚姻に対する反発心に他ならない。
どうにかして目の前の『結婚』から遠ざかりたいと思っていた矢先、絶妙なタイミングで翳されたシャムス行きの切符に手を伸ばしてしまったのだ。
ジョシュアという幼馴染には長い付き合いもあって、信頼を置いている彼女。
だからこそ愛の告白をしてきた彼の気持ちに応えることは出来ずとも、折角の救済の手を無下になどしたくはなかった。
それに、ずっと一緒に居たらきっとジョシュアのことを愛せるんじゃないか──
「ジョシュア。私を…、シャムスに連れて行ってくれる?」
恋の伊呂波を知らぬ彼女は、そんな願掛けにも似た思いを抱いて意を決したのだった。
家族にはさぞ迷惑を掛けるに違いない。けれど、このままだと間違いなくあの男と結婚しなければならない。
好きでもない相手の純潔を平気で奪うような──かの王子の言いなりになってたまるものかと、開いていた隻手をぎゅっと握り締めた。