レンダー・ユアセルフ
/心に暗雲が立ち込める
アリアナとジョシュアが手を取り合い、店主に見送られながら酒場をあとにして直ぐのこと。
「──……ッ、は…」
馬車を手配することもせず、己の脚のみで疾走したジーファはようやく目指していた小路へと辿り着いていた。
しかしながら既に二人は消えた後。ジーファから見れば数分前まで彼らがその場所に居たことも知らないのだから、
「(無駄足だったか)」
そう思ってしまうのも無理のない話である。
行き場のない苛立ちに翻弄されるように上着の留め具を乱暴に外し、隻手で目元を覆うなり空を仰ぎ、深く息を吐き出す。
そして迫り立ててくる焦燥感もそのままに王宮へと踵を返し掛けた、その瞬間のこと。
「殿下」
聴き慣れたテノールの声音が耳朶を擽ることに驚き、瞠目した彼は勢いもそのままに振り返った。その視界に映り込んだ人物とは。
「……王女の足取りが掴めました」
自他共に許す彼の右腕であり、絶対の信頼を預ける軍の総轄に他ならない。
中性的な風貌は実際の年齢よりも一回り若い印象を与える。初めてアリアナと出逢ったあのときにも隣に居た青年は、駆け足でジーファの許へと向かってきた。
「客のふりして潜り込んでて正解でしたよ。王女は今頃シャムスに向かってます」
「……何?」
「殿下が監視を続けろとおっしゃっていたシャムスの王子、御存知でしょう?どうやったのかは存じ上げませんが…どうやら、抜け出して来たらしくて」
知るも何も、シャムスの第一王子ジョシュアはジーファが一番警戒している相手と言っていい。だからこそ彼がアリアナに求婚の文を送ったことを聞き、慌てて彼女を半ば監禁してしまったのだから。