レンダー・ユアセルフ
これまで敬虔《けいけん》の念を全て注ぎ込んできた相手、それがジーファである。それだけにアリアナの存在というのは、無敵とまで言わしめた王子の弱点となってしまうのではないかと。
幼い頃より乳兄弟として育ち、尚且つ彼の右腕として使命を全うし続ける青年──と云ってもその顔立ちが幼いことから、よく少年と見間違われるわけだが──は深く思案する。
「早く言え、マルク。我々も後を追わねば」
名を呼ばれて我に返ると、そこには先刻にも増して焦燥を前面に押し出すジーファの姿が在る。
あんなにも気高く、孤高の存在として生きてきた乳兄弟が。
あんなにも冷酷で、血も涙も無いとまで言われてきた孤高の王子が。
「いえ。…何でもありません。すぐに馬を手配致します」
たかが女一人に振り回されるジーファの姿など、見たくはなかった。それは彼自身の願望に違いないにしろ、大部分の兵士もみな同じはず。
今までジーファの寵を受けようと寄って来た女の数は星のそれに匹敵する。だが、その度に身の程知らずな彼女らを追い払ってきたのも又ジーファ本人だったのだ。
マルクにとってアリアナの存在というのは、言うまでも無く邪魔なものになりつつあった。しかしながらその胸中を知る者はまだ、存在しない。