レンダー・ユアセルフ
年数が経つにつれ、その考えが生まれたことは事実と相違無いだろう。しかし初めは違ったのではないだろうか――?
「……そうだね」
今にも泣き出しそうだった彼の表情が遂に崩壊し、決壊した涙が頬を伝う。
澄んだ茶色の瞳に浮かぶ透明の滴が流れ落ちるのを見上げるアリアナの目にも又、涙の膜が張っていた。
「彼女のことは本当に大好きだったんだ。…だからこそ、僕は今の辛さに耐えられないのかもしれない」
「……え」
──もしかして。アリアナがそう思ったときにはもう遅かった。
「去年の暮れのことだ。もう長くはないって言われてたから覚悟はしていたんだけど、亡くなったんだよ。乳癌だった」
止め処なく頬を濡らしていた彼の涙に、月の光が反射し煌めきを与える。
そして、片腕を持ち上げて強引に涙を拭ってしまおうとするジョシュアの腕を反射的に掴むアリアナ。自らの行動に僅かに瞠目するが、静かに目を閉じた彼女は『ある情』を抱いて幼馴染の青年を掻き抱く。
「……辛いことを思い出させてごめん。好きなだけ、泣いていいのよ」
蜂蜜色の豊かな髪に端整な顔を埋めたジョシュアは、我慢の檻が決壊したかのように嗚咽を洩らし、頻りに涙を流し始めた。
──きっと幼い頃のジョシュアは、アリアナにかの女中と親子であると思われたことが嬉しくて仕方無かったのだ。
だからこそ否定しなかった。それが明確な答えなのだと、静かに涙を流すアリアナは考える。
すでに辻馬車は次なる客を求めて去ってしまった。そのことから、王宮前で抱擁を交わす二人を隠す障害は何もなくて。
後から必死の形相で馬を走らせてきたジーファは、荒い呼吸で肩を上下させながら憮然として彼らの様子を目の当たりにしていた。