レンダー・ユアセルフ
「…殿下」
恐る恐る忍ばせて声を掛けるマルクの声に、我に返る若き王子。その胸中に広がる哀しみにも似た重苦しい感情に戸惑いながら、これまで隠そうともしなかった情熱をその胸奥にしまい込む決意を下した。
「ここで見たことは他言無用。もう用は無い……目指すは我が国だ」
踵を返して駆けてゆく横顔は、誰の目から見ても明らかに冷徹な彼のそれを取り戻していた。
本来ジーファの変化を見て喜ぶべき立場のマルクであったが、何故か胸中複雑な思いを持て余していて。
一見平素の様子に違わぬ王子の様相。しかしながら、生まれた瞬間から彼と共に歩んできたマルクにとってそれは違和感を受けずには居られないものだった。
何かを諦めたような、全てを捨ててしまいそうな表情──言ってしまえば、これから死にゆく者の面差しに他ならなかった。
この結果を望んだのは自分自身であるのに、いざ彼女を諦めたジーファを目の当たりにすると例えようのない胸騒ぎに苛まれる。
「殿下!」
鋭い表情で馬を走らせるジーファに並び、風に消されぬ様張り上げた声で問い質す。
「よいのですか!?ここまで来たのに引き返すのですか!」
――刹那、眼光の鋭い炯眼をもって振り向いたジーファ相手にぞくりと悪寒が襲う。
こんな主の様子はこれまで見たことが無かった。目だけで己を黙らせてしまうなど、幾多の戦場で纏った殺伐な空気をも凌駕するような──…。
「……二度も言わすな」
それは深い悲しみゆえに全てを放棄した者の表情。何を擲っても良いとさえ思っているような、人間の最も危い『脆さ』の様だった。