レンダー・ユアセルフ
その両親に関して言えば、謁見の際は黒い布を被っての拝謁を許可されたアリアナである。チューリアでは信じ難い風習であるが、それほどまでに未亡人の容貌というものは露見してはならないらしい。
実質、この国で彼女の正体を知る者はジョシュア一人に限られる。
「わかりました。よろしくお願いいたします」
その声を聞くや否や、大きな扉を開けて姿を見せたのは年端のいかない少女だった。
アリアナよりも幾つか年下に見える少女は、恭しくお辞儀するなり畏まって距離を縮めた。
「お初にお目に掛かります、マダム。わたくしは女中、ミーアにございます」
『女中』という言葉を皮切りに、昨夜ジョシュアと交わした言葉が脳裏を占める。
彼女の死を聞いて悲しみを覚えたのはアリアナとて同じであるが、長い時間を共にし、剰え母親同然と思ってきたジョシュアのそれは計り知れないものがある。
そしてミーアの放った『マダム』という言葉に、この場所に居る自らの立場を己に刻み、再認識したアリアナであった。
「ミーア。可愛らしいお名前ですね。私は、」
そこまで言い掛けてふと、口を噤む。流れで本名を名乗ってしまうところだったが、ここまで来てそんな失態を犯してはジョシュアに迷惑を掛けるだけだ。
慌てて唇を引き結んだ彼女の脳裏に浮上した名前。それは、
「……私の名は、アリーといいます」
あの優しくも惹かれてやまない城下の人々に親しまれた、彼女の愛称に他ならなかった。