レンダー・ユアセルフ
蛇蝎を見るかのごとくアリアナを睨め付ける王妃。何故こんなにも目の敵にされてしまうのか露知らずに居る彼女は、人知れず蜂蜜色の瞳を揺らして王妃を見つめていた。
「そうか?私は、よいと思うぞ」
「陛下!」
憤慨を隠そうともせずに国王を睨み据える王妃。その姿は、決して父王の前に出ようとせず、常に謙虚な姿勢を崩すことの無かった母を見て育ったアリアナにとって衝撃だった。
「ジョシュアはアリアナ王女と結婚させると言っていたではありませんか!それなのに、このような事態に陥るとは…!ジョシュア!貴方、アリアナ王女を好いていたのではなくて!?」
矛先が国王から息子へと移される。一人ヒステリックに叫ぶ王妃の怒号だけが、静かだった室内に響き渡る。
しかしながら、アリアナが更に虚を衝かれる原因となったのはその声量ゆえではなく。他ならぬ自分の名を混じて放たれた、王妃からジョシュアへの問いの内容であった。
おそるおそる視線を隣の王子へと上らせる。漸く視界におさめるに至った彼《か》のジョシュアの表情は、先ほどこの部屋を前にし沈黙を保ったときと同様、『無』としか呼べないもので。
恐るべき冷たさで実の母親を見据えるその面差しに、ぞくりと背筋が粟立った気がした。
「アリアナ王女はすでにユースヒトリの王子と婚約されています。それを覆すのは、大国以上の力を持たぬこの国では無理です」
「なんてことを!」
酷く狼狽した様子の王妃は、慌てた様子で隣の国王を盗み見た。
まさか王当人がその視線に気付かない筈もなく、軽い咳払いの後に述べられた言葉。それは彼女にとって予想外のものだったに違いない。
「別によい。事実に違わぬからな」
何故ならば、それを裏付けるかのように王妃の表情が固く強張りを見せたからである。