レンダー・ユアセルフ
「マダム。顔色が悪うございます。お休みになられませんか?」
「いえ、大丈夫。ありがとうミーア」
宛がわれた一室へと戻ったアリアナは、女中のミーアと時間を共にしていた。
顔色が悪いとは、彼女自身全く以て自覚していなかったのだから驚きだった。しかしそれは恐らく、自らの内に眠るジョシュアへの気持ちに気付いてしまったからなのだろう。
「紅茶を淹れて参ります」──そう言葉を残して退室したミーアの背中を見送り、完全に扉が閉まれば再び思考の渦に足を掬われてしまう。
黒い布を被る自分は「アリアナ」として生きることはできない。もしも国王夫妻を始めシャムスの民に知られてしまえば、それを嗅ぎ付けたチューリアにこの国は敵と見做されてしまう。
力では均衡しているチューリアでは無く、万一にもユースヒトリが攻め入ってきてしまえば国の滅亡は免れないだろう。
あのユースヒトリの王子がアリアナに対しそこまで興味関心を抱いているとは思えなかったが、己の体裁の為ならば小国を破滅に追い遣ることなど造作もないに違いない。
もしもこのままチューリアやユースヒトリの関係者が、アリアナを見付けだす事が叶わなかったとしたら。他国にも王女失踪が知れ渡ってしまい、家族やジーファの面目は潰されてしまうのだろうか。