レンダー・ユアセルフ
/幼馴染との距離
アリアナにとっての一番の蟠《わだかま》りというのは、他ならぬあの晩の過ちである。
こればかりは幾ら幼馴染とはいえジョシュアにも伝えることができずに居る。彼女のことを純潔と信じているだろう彼に伝えるには、どれほどの勇気を以てしても不可能だった。
『宵を迎えれば、ジョシュア様がこのお部屋にいらっしゃいます』
立ち去る間際にミーアが口にした台詞はアリアナを酷く驚かせた。しかしながら、それも無理のない話である。
この城に仕える人間は皆、おそらくアリアナのことを情婦だと思っているのだろう。
ジョシュアがこの部屋に訪れる理由は一つしかない。ミーアも例外ではなく、かの王子が来訪する前にと仕事を終わらせさっさと退室してしまった。
可及的速やかに済めばいい。恋愛すら未経験のアリアナはそう願わずには居られない。
人知れず彼女が溜め息を吐き出したときだった。控えめに戸を叩く音が木霊し、扉を隔てた向こう側にジョシュアが辿り着いたことを知らせた。
「アリアナ、僕だけど。入っても?」
「うん。どうぞ」
おもむろに椅子から立ち上がった彼女は扉へと歩み寄り、彼を迎えるべくゆっくりと重厚な其れを内に引いた。
そして姿を現す茶髪。色素の薄い双眸に見つめられれば、動揺にも似た感情が己の内側で犇めくのを密かに感じた。