好都合な仮死
彼女は二つ折りの財布から一万円を取り出す。
この時期にコートも羽織らず、ワンピースで。ポケットのないその服に対して、財布とスマホを手で持っている。
「…1万円からでよろしいでしょうか?」
「お願いします」
深夜にもかかわらず、やけにまぶしいコンビニは、ときに闇に飲まれたやつの裏側を映し出す。
店内に流れる音楽が、ふ、と止まる。そのわずかな静寂の隙間を埋め込んだのは店の外から聞こえてくる犬の鳴き声。
「9316円のおかえしになります。さきに大きい方の9000円」
そう言いながら、紫ひとりと、緑よにんを客の前でぺらぺらと一枚ずつ数える。
個人的に5000円札は紫。1000円札は緑と呼んでいる。意味はない。
目の前の死んだ目をした女は、9000円の価値などどうでもいいように虚ろな瞳でそれを受け取る。
彼女がお札を財布にしまうその刹那、俺は無意識にそこに視線を巡らせる。