世継ぎで舞姫の君に恋をする

11、天幕

ジプサムはユーディアを自分の天幕に引き入れる。
サニジンがその入り口を守るが、同時に中の様子も気を付ける。
なぜなら、王子が引き入れたゼプシーの娘は美しい刺客かもしれないからだ。

天幕は快適にしつらえられていた。
書類を確認できるような折り畳みができるちいさな机。
その机には細かな彫刻が掘られ、黒く漆が塗られている。
手織りの絨毯が足裏に気持ちよい。
部屋の奥には、白い蚊帳のベールがかかる寝床があった。
いくつかクッションが置かれて、先程までくつろいでいた気配が残っているようだった。


「ディア、、こんなところであなたに会えるとは思わなかった」
ジプサムは娘と距離を寄せようとするが、ユーディアはその腕をすり抜けた。

「水を、、」
ジプサムは水の代わりに馬乳酒を手渡す。
竹の器にユーディアに笑みが浮かんだ。
それは豪奢に仕付けられたこの天幕とは相容れない、素朴な器だったからだ。

「待って、わたしはあなたに聞きたいことがある。どうして、、」

ジプサムの目は、ユーディアを切なくさせる愛しいものを見る目で見る。

「どうして、西の村に対してあんなに酷いことができるの?あなたは草原の心を持っていたはずだわ。
何年も顔を見せなくなって、やっと戻ってきたと思ったら、ベルゼラの兵を連れて、わたしたちを、わたしたちを、滅ぼそうとするなんて」
それを聞いてジプサムは顔を歪ませた。
その顔に怒りと悲しみ、諦めが混ざる。

「わたしは、ベルゼラの王子だ。
ベルゼラはこの草原一帯を支配する、強国に成り上がった。
草原の民の報復行為が、その強国のベルゼラ国民を怖がらせ、恐怖を煽った。
レグラン王はベルゼラ国をおとしめるものは許さない。
モルガンの民の殲滅を指示した。
わたしは、その名ばかりの指揮官に過ぎない」
「あなたは第一王子で世継ぎなのでしょう?ベルゼラの王のやり方と違う道を選べたはずだわ」

ユーディアは馬乳酒の器を押し付ける。
残りの酒を王子は飲み干した。
友人は、父王の言うままに、自分が望まぬことをして、傷ついていた。

さらに、ユーディアは言う。
「間違っていると思うことならば、してはいけない」
ジプサムは悲しい目をする。
「わたしは強すぎる王の、お飾りの王子に過ぎないんだ。やるべきことをすべて王に定められている」

「愛も定められているの?」

「愛でさえもだ!結婚も定められ、本当に欲しいものは手に入らない」

ユーディアは、王の命令に背けず、だがせめて警告だけでもと脱水症状になるのも構わず馬を走らせたジプサムの葛藤を知る。
あの警告がなければ、もっと多くの西のみんなが巻き込まれていたかもしれなかった。
起こってしまった悲劇を避けるにはどうすれば良かったのか。
今回のモルガンのことに関しては、その答えは、既に彼から聞いているのではないか?

ユーディアは頭からベールを取り去った。
西のモルガンの男たちを殺し、その誇りを踏みにじった男は、己の弱さに涙を流していた。
ユーディアの想定外だった。

「わたしが、レグラン王と違うやり方を見つけられ、こんな力でねじ伏せるようなやり方をしないで統治できる知恵と力を得られるならば、あなたの心を得られるのだろうか?ディア」

己に力のないことを知っている王子は、無力感に苛まれながら、ディアの顔を両手で包み、引き上げた。

「あなたを見つけてまさかと思った。ここはあなたの一族をめちゃくちゃにした者たちしかいない。
わたしを報復のために殺しに来たとしても、それでも、わたしはあなたを抱きたい。
あなたの心が欲しい。毎年新年に会うのが本当に楽しみだった」

ジプサムはキスをする。
ジプサムとの初めてのキスは、涙の味がした。
ユーディアの眼からも熱く涙が流れる。

ユーディアは目の前の男を憎むことはできなかった。
毎年、ユーディアこそ、彼が来るのを心待ちにしていた。
彼が日に日に顔を生き生きさせていくのを見るのが好きだった。
踊りだって、ジプサムと踊りたいがために練習をしていたのだ。
髪を下ろすことが多くなったのもそのためだった。

ユーディアは手を引かれ、蚊帳の中に導かれる。
抱き上げられ、ふわっと寝かされる。

ジプサムは美しい娘の、青みがかる黒い宝石のような瞳に吸い込まれる。
「ディア、あなたがいてくれたら、わたしは強くなれるような気がする」

このベルゼラの王子は己の弱さを悔い、モルガンに手を下したのは自分の弱さゆえと理解していた。
そして、父王からの呪縛から逃れ強くなることを望んでいた。
復讐はいつでもできるが、本当に復讐をする相手はジプサムではなく、ベルゼラ王だと思った。
ユーディアは己の心を理解した。
そして、ユーディアは、サラサが指摘したように、彼のことが好きなのだ。
このまま、身を任せても良いと思えるほど。


だが、キスの続きはなかった。
ジプサムは、そのままユーディアの体に己の体を被せるように、崩れて眠る。
彼に渡すときに馬乳酒に混ぜた眠り薬が、効いたのだった。


ユーディアは彼の体の下から這い出した。
聞きたいことは全て教えてもらえたような気がする。
そして、それ以上のことも。

靴をぬがせ、ベルトもゆるめる。
少し迷うが意を決してジプサムが楽になれるように服を脱がせた。

「今度はユーディアで会いましょう」

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