世継ぎで舞姫の君に恋をする
17、色小姓 (第三話 完)
ユーディアはジプサムの宿に着くと、ようやく戒めを解かれる。
「あなたがわからず屋なので、少し懲らしめようと思っただけだ。本当にすまない」
ジプサムはユーディアをベットに座らせる。
手首についた赤いあとに眉を寄せる。
「助けてくれてありがとう。ユーディア。あなたを落札したのは、あなたを解放するつもりだからだ。ブルースを競り落とせなくて申し訳ない。彼には手を回して、自由にするようにトニーと掛け合う」
二人でいると、先日の夜と重ねてしまう。
ジプサムは自分に赦しを乞い、愛を口にした。
あの夜は、ユーディアは髪をおろしてディアである。同じ人物であるのに、わかるものがいないのがユーディアにとって不思議である。
それには、彼らのいう蛮族の細かな三つ編の男髪の、固定観念が大きく作用しているのは確かであった。
「僕は帰らない。奴隷として使ってくれ。
ブルースも手だし無用だ。
カカやナイードもほっておいて欲しい」
「カカやナイードは馬担当になったのを知っているのか?」
ジプサムはどこで彼らが接触したか考えようとするが、思い当たらない。
「僕たちは、声を使わないで会話ができる」
事もなげにユーディアはいう。
個人的な能力はモルガンの方が優れていることが多いように思える。
「僕たちはベルゼラを学ばなければならないのが今回ので良くわかったんだ」
「何を学ぶのだ?」
どこまでもまっすぐにユーディアはジプサムを見た。
「最初の娘が強姦された事件のとき、モルガンは犯人を八つ裂きにして返した。
それはモルガンのルールとしては許されるが、ベルゼラにはベルゼラのやり方がある。
僕たちはベルゼラのことがわからないから、どこで逆鱗に触れるかわからない。
だから、一年、もしくはもっと時間をかけて、戦争を辞さない、この物騒なベルゼラを我々は学ぶことにした」
「共通のルールに従うということか?」
ジプサムは、ユーディアのいう通り、ほんの掛け違い、認識違いが戦に発展したと思っていた。
ユーディアの顔が輝く。
「その通り!モルガンはあなたの国の考え方を学ぶ。奴隷になってもだ!そして、あなたに強い王子になってもらい、モルガンを守ってもらう!」
ユーディアは言った。
その手は赤くなったところに置かれていたジプサムの手を握り返す。
「それが、僕が残る理由、あんたから離れない理由なんだ。モルガン族の残された世継ぎとしてやるべきことだ。
何ができるかわからないけど、さっきのあれだと、僕の視力が良いのが役にたちそうだから、護衛にでもなんでもいいから、ジプサムのそばにいさせて欲しい」
ユーディアは訴える。
ジプサムはその青みがかる黒い瞳に落ちそうになる。
その感覚は、ジプサムが心を寄せるディアに感じるものに似ていた。
そして、ユーディアのその顔立ちも良く似ていることに気がついた。
似ているかもと思ったためか、目の前で無防備にベットに腰を下ろしているユーディアをいとおしく思う気持ちが湧いて、ジプサムはあせる。
「ユーディアが勉強したいというなら」
ジプサムも腹を括らなければならなかった。
ユーディアの言っていることは筋が通っていると思う。
「あなたたちには子供の頃、お世話になった。今度はあなたを預かろう」
その言葉を聞き、きらきらとユーディアの瞳が煌めいた。
そういう目をされるのはジプサムは苦手である。
「一応、奴隷で購入したことは知れ渡ってしまったので表向きは奴隷だが、あなたを奴隷扱いはしない。あなたはいつでも好きに、去っていい。自由だ」
「僕は何をしたらいい?」
ジプサムは考える。
「文字の読み書き。草原の国々の情勢と、各国の特徴、法律、交渉術を学べ。
モルガンの生き残れる道を探るには他国を知ることは必須だろう」
「勉強だけするのか?」
ユーディアは訊く。
読み書きは簡単なものしか学んでいない。
ジプサムは自分の愛しいディアに重なる、その美しい顔立ちを見る。
「それに、ユーディアは不本意かも知れないが、わたしがあなたを色小姓として手にいれたと思われている。だが年がいっているので、側仕えとして仕えてくれ」
「色小姓?」
聞きなれない言葉に、ユーディアは聞き直す。
「それはどういうものだ?」
ジプサムは少し顔を背ける。
「夜の相手もさせるということだ」
「?」
「あなたを手にいれるために支払った額は、ひとりの捕虜に対して払うものを大きく超えている。
あなたは綺麗な顔をしている。特別な相手をさせるために、あなたを手にいれたと噂になっているだろう」
まだ、ピンときていない様子のユーディアに、ジプサムは痺れを切らした。
ユーディアはいつもブルースがそばにいて守られていて、その手のことに関して奥手な感じはあったが、奥手すぎるのではないか?
くいっと顎を引き上げて、少し開いた唇に軽いキスをする。
男にしては柔らかい唇。
ジプサムは自分から仕掛けたのに、動揺してしまう。
だが、さらに動揺したのはユーディアの方だった。
ジプサムを飲み込むかと思うぐらいに、ぱっちりと目を見開いた。
そしてみるみる顔を真っ赤になっていく。
「こういう相手をするのが、色小姓。みんなはあなたをわたしのそういう相手だと見るということだ。
わたし以外があなたを手にいれていたら、そういうことをさせられていたのに違いないだろうな」
「何てこと、、僕はどうしたら、、」
ジプサムは肩をすくめた。
「別になんにも。平然としていたらいいのではないか?この部屋はあなたの部屋だ。好き使ってくれ。わたしは隣の部屋にいる」
ジプサムは部屋を出ようとするが、立ち止まる。
「あなたとディアの関係を聞いていいか?」
その声は、ユーディアが聞いたこともないほど押さえた感じがあった。
「あなたの血縁か?東のモルガンだったのか?西で世話になっているときは新年の祭りの時にしか会っていなかった」
「ディアは西でも東でもないが、血縁関係はある。似ているかも?」
ユーディアは言った。
「ただ、彼女とわたしは連絡を取り合っている。あなたが会いたければ取り持ってもいい」
ユーディアは言った。
ディアはユーディア自身なのである。
「そうか、いや、いい」
そして、部屋を出かける。
「その髪は目立ちすぎるのでなんとかならないか?その髪が、モルガンの男の誇りだとわかっているが、、」
カカもナイードも、ベルゼラで過ごすために自ら髪を切っていた。
「わかった」
ユーディアはいう。
ジプサムはさらに思い出したように訊く。
「その胸の包帯はどうしたのだ?いつからつけている?怪我をしたのか?」
それは胸を平たく整えるために巻いている晒しであった。
「これは、以前火傷して醜い傷跡ができたから、隠している。怪我としては全然痛まないから心配しないで」
適当に言う。
「そうか、それは辛いな」
ジプサムは部屋を出た。
それを見届けて、ユーディアは胸の包帯をほどき、はだかになる。
贅沢にも湯を張った風呂に浸かり髪をほどいていく。
男の振りをしても体はまぎれもなく女だった。
からだの汚れを落とし、頭を清め、湯に浸かると生き返るようであった。
腕の鷹の爪の傷跡も清める。
先程、ジプサムに力説した理由もあるが、自分が彼のそばにいたいという、飾り気のない気持ちが、髪をほどくと現れ出てくる。
ブルースが好きで一緒にいたいという気持ちとどう違うのか、ユーディアにはよくわからないが、ジプサムが好きで一緒にいたいという気持ちは、あがらいがたく強いものである。
湯から上がると、ユーディアは三つ編を細かくするのではなくて、ひとつに三つ編をして、片側に流すことにする。
簡単だった。
こうして、ユーディアはジプサムの側仕えをする、特別な奴隷になったのであった。
第三話 完
「あなたがわからず屋なので、少し懲らしめようと思っただけだ。本当にすまない」
ジプサムはユーディアをベットに座らせる。
手首についた赤いあとに眉を寄せる。
「助けてくれてありがとう。ユーディア。あなたを落札したのは、あなたを解放するつもりだからだ。ブルースを競り落とせなくて申し訳ない。彼には手を回して、自由にするようにトニーと掛け合う」
二人でいると、先日の夜と重ねてしまう。
ジプサムは自分に赦しを乞い、愛を口にした。
あの夜は、ユーディアは髪をおろしてディアである。同じ人物であるのに、わかるものがいないのがユーディアにとって不思議である。
それには、彼らのいう蛮族の細かな三つ編の男髪の、固定観念が大きく作用しているのは確かであった。
「僕は帰らない。奴隷として使ってくれ。
ブルースも手だし無用だ。
カカやナイードもほっておいて欲しい」
「カカやナイードは馬担当になったのを知っているのか?」
ジプサムはどこで彼らが接触したか考えようとするが、思い当たらない。
「僕たちは、声を使わないで会話ができる」
事もなげにユーディアはいう。
個人的な能力はモルガンの方が優れていることが多いように思える。
「僕たちはベルゼラを学ばなければならないのが今回ので良くわかったんだ」
「何を学ぶのだ?」
どこまでもまっすぐにユーディアはジプサムを見た。
「最初の娘が強姦された事件のとき、モルガンは犯人を八つ裂きにして返した。
それはモルガンのルールとしては許されるが、ベルゼラにはベルゼラのやり方がある。
僕たちはベルゼラのことがわからないから、どこで逆鱗に触れるかわからない。
だから、一年、もしくはもっと時間をかけて、戦争を辞さない、この物騒なベルゼラを我々は学ぶことにした」
「共通のルールに従うということか?」
ジプサムは、ユーディアのいう通り、ほんの掛け違い、認識違いが戦に発展したと思っていた。
ユーディアの顔が輝く。
「その通り!モルガンはあなたの国の考え方を学ぶ。奴隷になってもだ!そして、あなたに強い王子になってもらい、モルガンを守ってもらう!」
ユーディアは言った。
その手は赤くなったところに置かれていたジプサムの手を握り返す。
「それが、僕が残る理由、あんたから離れない理由なんだ。モルガン族の残された世継ぎとしてやるべきことだ。
何ができるかわからないけど、さっきのあれだと、僕の視力が良いのが役にたちそうだから、護衛にでもなんでもいいから、ジプサムのそばにいさせて欲しい」
ユーディアは訴える。
ジプサムはその青みがかる黒い瞳に落ちそうになる。
その感覚は、ジプサムが心を寄せるディアに感じるものに似ていた。
そして、ユーディアのその顔立ちも良く似ていることに気がついた。
似ているかもと思ったためか、目の前で無防備にベットに腰を下ろしているユーディアをいとおしく思う気持ちが湧いて、ジプサムはあせる。
「ユーディアが勉強したいというなら」
ジプサムも腹を括らなければならなかった。
ユーディアの言っていることは筋が通っていると思う。
「あなたたちには子供の頃、お世話になった。今度はあなたを預かろう」
その言葉を聞き、きらきらとユーディアの瞳が煌めいた。
そういう目をされるのはジプサムは苦手である。
「一応、奴隷で購入したことは知れ渡ってしまったので表向きは奴隷だが、あなたを奴隷扱いはしない。あなたはいつでも好きに、去っていい。自由だ」
「僕は何をしたらいい?」
ジプサムは考える。
「文字の読み書き。草原の国々の情勢と、各国の特徴、法律、交渉術を学べ。
モルガンの生き残れる道を探るには他国を知ることは必須だろう」
「勉強だけするのか?」
ユーディアは訊く。
読み書きは簡単なものしか学んでいない。
ジプサムは自分の愛しいディアに重なる、その美しい顔立ちを見る。
「それに、ユーディアは不本意かも知れないが、わたしがあなたを色小姓として手にいれたと思われている。だが年がいっているので、側仕えとして仕えてくれ」
「色小姓?」
聞きなれない言葉に、ユーディアは聞き直す。
「それはどういうものだ?」
ジプサムは少し顔を背ける。
「夜の相手もさせるということだ」
「?」
「あなたを手にいれるために支払った額は、ひとりの捕虜に対して払うものを大きく超えている。
あなたは綺麗な顔をしている。特別な相手をさせるために、あなたを手にいれたと噂になっているだろう」
まだ、ピンときていない様子のユーディアに、ジプサムは痺れを切らした。
ユーディアはいつもブルースがそばにいて守られていて、その手のことに関して奥手な感じはあったが、奥手すぎるのではないか?
くいっと顎を引き上げて、少し開いた唇に軽いキスをする。
男にしては柔らかい唇。
ジプサムは自分から仕掛けたのに、動揺してしまう。
だが、さらに動揺したのはユーディアの方だった。
ジプサムを飲み込むかと思うぐらいに、ぱっちりと目を見開いた。
そしてみるみる顔を真っ赤になっていく。
「こういう相手をするのが、色小姓。みんなはあなたをわたしのそういう相手だと見るということだ。
わたし以外があなたを手にいれていたら、そういうことをさせられていたのに違いないだろうな」
「何てこと、、僕はどうしたら、、」
ジプサムは肩をすくめた。
「別になんにも。平然としていたらいいのではないか?この部屋はあなたの部屋だ。好き使ってくれ。わたしは隣の部屋にいる」
ジプサムは部屋を出ようとするが、立ち止まる。
「あなたとディアの関係を聞いていいか?」
その声は、ユーディアが聞いたこともないほど押さえた感じがあった。
「あなたの血縁か?東のモルガンだったのか?西で世話になっているときは新年の祭りの時にしか会っていなかった」
「ディアは西でも東でもないが、血縁関係はある。似ているかも?」
ユーディアは言った。
「ただ、彼女とわたしは連絡を取り合っている。あなたが会いたければ取り持ってもいい」
ユーディアは言った。
ディアはユーディア自身なのである。
「そうか、いや、いい」
そして、部屋を出かける。
「その髪は目立ちすぎるのでなんとかならないか?その髪が、モルガンの男の誇りだとわかっているが、、」
カカもナイードも、ベルゼラで過ごすために自ら髪を切っていた。
「わかった」
ユーディアはいう。
ジプサムはさらに思い出したように訊く。
「その胸の包帯はどうしたのだ?いつからつけている?怪我をしたのか?」
それは胸を平たく整えるために巻いている晒しであった。
「これは、以前火傷して醜い傷跡ができたから、隠している。怪我としては全然痛まないから心配しないで」
適当に言う。
「そうか、それは辛いな」
ジプサムは部屋を出た。
それを見届けて、ユーディアは胸の包帯をほどき、はだかになる。
贅沢にも湯を張った風呂に浸かり髪をほどいていく。
男の振りをしても体はまぎれもなく女だった。
からだの汚れを落とし、頭を清め、湯に浸かると生き返るようであった。
腕の鷹の爪の傷跡も清める。
先程、ジプサムに力説した理由もあるが、自分が彼のそばにいたいという、飾り気のない気持ちが、髪をほどくと現れ出てくる。
ブルースが好きで一緒にいたいという気持ちとどう違うのか、ユーディアにはよくわからないが、ジプサムが好きで一緒にいたいという気持ちは、あがらいがたく強いものである。
湯から上がると、ユーディアは三つ編を細かくするのではなくて、ひとつに三つ編をして、片側に流すことにする。
簡単だった。
こうして、ユーディアはジプサムの側仕えをする、特別な奴隷になったのであった。
第三話 完