世継ぎで舞姫の君に恋をする
第一話 子供時代 草原の民
1、ユーディアとジプサム
草原の風は、丘や小さな岩場やゆるやかに流れる川を吹き抜けていく。
草原は広大であった。
草原の古き民たちは、馬と駆け、羊を追い、自然の厳しさと共に生き、昔ながらの生活を続ける。
だが、その自由な遊牧の民の草原にも、次第に豊かな国、富める国が現れていた。
自由で広かった草原は、いまや各地にできた国により、分断されてしまっている。
そして、戦が各地で起こり、次第にいくつかの強国にまとまりだす。
その一つ、ベルゼラ国。
大きな町を築き、豊かな作物や工業品や武器を大量に生産する、いまや草原の国の、最強国である。
強国のベルゼラ国やその他の国々は、古き草原の民や他の国々と、国境附近での小競り合いが頻発していた。
広大な草原に、さらに自分たちの町や農地を拡大しようとしていたからだ。
草原の民には、国境の概念はない。
草原の民は、草原を渡る風に金属のつんとした臭いや血の臭いを嗅ぐ。
かつては数10キロ先まで見渡せた、草原の向こうには、その空は濁り、大地に膨れ上がっていく町を見る。
定住して町を構えて国を築いた者たちも、遡れば、おおよそが草原の民に行き着く。
ベルゼラの現王もかつて、草原で子供の頃を過ごしていた。
自分の息子にも、己のルーツを学ばせるために、毎年数か月、友好関係にある、草原の民に預けている。
都会では学べない、自然と共にいきる生き方や、命の大事さを学べるのだ。
そして、草原の民との共存を望んでいた。
草原の民は徐々に減りつつある。
彼らは時代が移り変わる狭間に生きていた。
草原にもうっそうと繁る森がある。
その森は子供たちの格好の遊び場である。
木々を飛び移り、駆け上り、釣り下がり、飛び降りる。
都会からきた男の子は、彼らの遊びにはついていけない。
彼は、去年も来ていた男の子だった。
去年は、草原の民のモルガン族の世継ぎのユーディアは、彼を無視をしていた。
子供の相手をするのも面倒だったからだ。
そういうユーディアの方が、ひとつ年下なのだが。
都会の子供は、筋肉があるのかどうかわからないような、ぷよぷよとふっくらしていた。
彼は、風のように草原を速く走れないし、ムササビのようには木々を渡れない。
ユーディアは、木に両足を引っかけ逆さになって、木登りがうまくできない、その都会の子を見る。
発育不良のような、ぽてっとした体つき。
草原の子供たちはみんな細身で、弾むような筋肉をしていて、日にこんがりと焼けていた。
「なんであんた、登れないんだ?」
「国では、みんなに木登りを禁止されていたんだ!危険だって」
「危険?どこが??」
言われて男の子はムッとして、何度も何度もひとりで木登りを続ける。
失敗してもチャレンジする、その負けん気の強さが、ユーディアは気に入った。
「僕はユーディア!あんたは?」
「わたしは、ジプサム!」
少し仲良くなると、遠慮がなくなる。
「ジプサムは太っちょだな!」
「お前が細っちょなんだよ!ベルゼラの子供はわたしが標準だ」
「ふうん?そうなんだ。だから、ベルゼラの大人たちは体がでっかいんだね!」
大人たちは、モルガン族と明らかに違っていた。馬にもどってりと乗っている。
「わたしもでっかくなるよ!
ここと食べ物が違うんだ。今度ユーディアが、ベルゼラに遊びにおいでよ!」
ジプサムは言う。
去年は一週間の滞在で、子供たちは誰も相手にしてくれなかった。
今年は数か月の予定で、その日は初日。
ジプサムの草原の最初の友達は、ユーディアとなった。
ユーディアは、何も知らないのに負けずな、ベルゼラの子供のジプサムをつれ回して遊ぶ。
ユーディアは元気で、同年代の人気者だった。
他の男の子たちと同様に、黒髪をこまかく三つ編みにしてして、それを後でひとつにまとめている。
そして、特徴的な青みがかった黒い目をしていた。
ユーディアは、子供たちのボスのようだった。とにかく元気で、跳ね回っている。
その年は、ジプサムは連れ回されて、子供たちと遊んで過ごした。
すっかり絞られた体になったジプサムは子供たちと別れを惜しんで泣いた。
来年も来るよ、と約束して別れる。
翌年は、ジプサムは11歳になっていた。
「また来たね!」
ユーディアはにっこり微笑む。
ジプサムは、ユーディアが族長の世継ぎであることを知る。
その年は、ユーディアは族長の後をついて、その仕事を学んでいた。
「ジプサムも暇なら一緒に学べよ?」
ユーディアは誘う。
「、、、昼からは馬に乗ろう?」
ジプサムは馬に乗る特訓を、ベルゼラでしてきている。
草原の子供たちに遅れを取りたくなかったからだ。
昼は、10名ほどの少年たちが岩場に集まっていた。
「馬は、、、?」
ジプサムは馬に乗る予定であるのに、肝心な馬がいないことに気がつく。
「もうすぐだよ?」
ユーディアの目がきらめき、草原の向こうを見ていた。
ブルースという名の少年が指を差した。
「来た!」
何が?とジプサムは思い、草原の向こうに目を凝らす。
どどど、、と音が聞こえる。土煙が舞っていた。
「??」
野生馬の群れが来る!とわかった時には、すぐ下の岩場を十数頭の馬が走り抜ける。
子供たちは歓声を上げて、飛び乗った!
「おい、嘘だろ?」
野生の馬の背に飛び乗って、たてがみをつかみ、むちゃくちゃに振り落とそうとする馬を楽しむ草原の子供たちを、ジプサムは呆然と見ていた。
ジプサムの想像を越える、元気な草原の友達だった。
スリ傷、打身多数。骨折一人。
少年たちはコッテリと叱られたのだった。
中でも、ユーディアは族長に厳しく叱られていた。
「お前は、やっていいことと駄目なことをちゃんとわかっていなければならない。
怪我人も出ているのだぞ!へたをすれば死んでいた!反省せよ!」
その日は、ユーディアは一晩外の檻に閉じ込められた。
ジプサムが心配して様子を見に行くと、彼は星をながめていた。
ジプサムも、彼の檻の外に寝る。
夜の風はヒヤリと冷たかった。
「なんだよ?付き合わなくていいんだぜ?」
ユーディアはいう。
「ここは星がよく見えるだろ?」
とジプサム。
ユーディアは星座を語り出す。
草原の民は星を見て、季節を知る。
方角を知る。
生れた時のその星の位置で、その運命でさえも知るのだそうだ。
「わたしは最後のモルガン族の族長になるそうだ」
「最後だって?」
ジプサムは驚いた。
草原の民はどうなるのだろう?
彼は毎年、息のつまる都会からモルガン族に滞在することを楽しみにするようになっていた。
ユーディアたちに会うのが楽しみだった。
特に、ユーディアに会うことだったのだが。
「そんなこと言うなよ?お前のモルガン族をわたしは守ってやる!」
「はあ?ジプサムが守ってくれるのか?」
ユーディアは体を起こした。
野生動物を退けるためのかがり火に、ユーディアの顔が照り返して、きれいだった。
それを見て、ジプサムはその決意を固める。
彼は、自分の国とまったく違う、この草原の民のユーディアたちと過ごす時間が楽しかった。
「守ってやる!わたしはベルゼラの第一王子だ!いずれ力をつける!モルガン族のひとつやふたつ、守ってやる」
ジプサムは言う。
まだ11歳ではあるが、彼はベルゼラ国では生意気で扱いの難しい態度をとるようになっていた。
「ベルゼラ国の王子?」
ユーディアにはそれが、どれぐらいのものかはわからなかったが、自信満々にいうジプサムの気持ちをそのまま頂くことにしたのだった。
草原は広大であった。
草原の古き民たちは、馬と駆け、羊を追い、自然の厳しさと共に生き、昔ながらの生活を続ける。
だが、その自由な遊牧の民の草原にも、次第に豊かな国、富める国が現れていた。
自由で広かった草原は、いまや各地にできた国により、分断されてしまっている。
そして、戦が各地で起こり、次第にいくつかの強国にまとまりだす。
その一つ、ベルゼラ国。
大きな町を築き、豊かな作物や工業品や武器を大量に生産する、いまや草原の国の、最強国である。
強国のベルゼラ国やその他の国々は、古き草原の民や他の国々と、国境附近での小競り合いが頻発していた。
広大な草原に、さらに自分たちの町や農地を拡大しようとしていたからだ。
草原の民には、国境の概念はない。
草原の民は、草原を渡る風に金属のつんとした臭いや血の臭いを嗅ぐ。
かつては数10キロ先まで見渡せた、草原の向こうには、その空は濁り、大地に膨れ上がっていく町を見る。
定住して町を構えて国を築いた者たちも、遡れば、おおよそが草原の民に行き着く。
ベルゼラの現王もかつて、草原で子供の頃を過ごしていた。
自分の息子にも、己のルーツを学ばせるために、毎年数か月、友好関係にある、草原の民に預けている。
都会では学べない、自然と共にいきる生き方や、命の大事さを学べるのだ。
そして、草原の民との共存を望んでいた。
草原の民は徐々に減りつつある。
彼らは時代が移り変わる狭間に生きていた。
草原にもうっそうと繁る森がある。
その森は子供たちの格好の遊び場である。
木々を飛び移り、駆け上り、釣り下がり、飛び降りる。
都会からきた男の子は、彼らの遊びにはついていけない。
彼は、去年も来ていた男の子だった。
去年は、草原の民のモルガン族の世継ぎのユーディアは、彼を無視をしていた。
子供の相手をするのも面倒だったからだ。
そういうユーディアの方が、ひとつ年下なのだが。
都会の子供は、筋肉があるのかどうかわからないような、ぷよぷよとふっくらしていた。
彼は、風のように草原を速く走れないし、ムササビのようには木々を渡れない。
ユーディアは、木に両足を引っかけ逆さになって、木登りがうまくできない、その都会の子を見る。
発育不良のような、ぽてっとした体つき。
草原の子供たちはみんな細身で、弾むような筋肉をしていて、日にこんがりと焼けていた。
「なんであんた、登れないんだ?」
「国では、みんなに木登りを禁止されていたんだ!危険だって」
「危険?どこが??」
言われて男の子はムッとして、何度も何度もひとりで木登りを続ける。
失敗してもチャレンジする、その負けん気の強さが、ユーディアは気に入った。
「僕はユーディア!あんたは?」
「わたしは、ジプサム!」
少し仲良くなると、遠慮がなくなる。
「ジプサムは太っちょだな!」
「お前が細っちょなんだよ!ベルゼラの子供はわたしが標準だ」
「ふうん?そうなんだ。だから、ベルゼラの大人たちは体がでっかいんだね!」
大人たちは、モルガン族と明らかに違っていた。馬にもどってりと乗っている。
「わたしもでっかくなるよ!
ここと食べ物が違うんだ。今度ユーディアが、ベルゼラに遊びにおいでよ!」
ジプサムは言う。
去年は一週間の滞在で、子供たちは誰も相手にしてくれなかった。
今年は数か月の予定で、その日は初日。
ジプサムの草原の最初の友達は、ユーディアとなった。
ユーディアは、何も知らないのに負けずな、ベルゼラの子供のジプサムをつれ回して遊ぶ。
ユーディアは元気で、同年代の人気者だった。
他の男の子たちと同様に、黒髪をこまかく三つ編みにしてして、それを後でひとつにまとめている。
そして、特徴的な青みがかった黒い目をしていた。
ユーディアは、子供たちのボスのようだった。とにかく元気で、跳ね回っている。
その年は、ジプサムは連れ回されて、子供たちと遊んで過ごした。
すっかり絞られた体になったジプサムは子供たちと別れを惜しんで泣いた。
来年も来るよ、と約束して別れる。
翌年は、ジプサムは11歳になっていた。
「また来たね!」
ユーディアはにっこり微笑む。
ジプサムは、ユーディアが族長の世継ぎであることを知る。
その年は、ユーディアは族長の後をついて、その仕事を学んでいた。
「ジプサムも暇なら一緒に学べよ?」
ユーディアは誘う。
「、、、昼からは馬に乗ろう?」
ジプサムは馬に乗る特訓を、ベルゼラでしてきている。
草原の子供たちに遅れを取りたくなかったからだ。
昼は、10名ほどの少年たちが岩場に集まっていた。
「馬は、、、?」
ジプサムは馬に乗る予定であるのに、肝心な馬がいないことに気がつく。
「もうすぐだよ?」
ユーディアの目がきらめき、草原の向こうを見ていた。
ブルースという名の少年が指を差した。
「来た!」
何が?とジプサムは思い、草原の向こうに目を凝らす。
どどど、、と音が聞こえる。土煙が舞っていた。
「??」
野生馬の群れが来る!とわかった時には、すぐ下の岩場を十数頭の馬が走り抜ける。
子供たちは歓声を上げて、飛び乗った!
「おい、嘘だろ?」
野生の馬の背に飛び乗って、たてがみをつかみ、むちゃくちゃに振り落とそうとする馬を楽しむ草原の子供たちを、ジプサムは呆然と見ていた。
ジプサムの想像を越える、元気な草原の友達だった。
スリ傷、打身多数。骨折一人。
少年たちはコッテリと叱られたのだった。
中でも、ユーディアは族長に厳しく叱られていた。
「お前は、やっていいことと駄目なことをちゃんとわかっていなければならない。
怪我人も出ているのだぞ!へたをすれば死んでいた!反省せよ!」
その日は、ユーディアは一晩外の檻に閉じ込められた。
ジプサムが心配して様子を見に行くと、彼は星をながめていた。
ジプサムも、彼の檻の外に寝る。
夜の風はヒヤリと冷たかった。
「なんだよ?付き合わなくていいんだぜ?」
ユーディアはいう。
「ここは星がよく見えるだろ?」
とジプサム。
ユーディアは星座を語り出す。
草原の民は星を見て、季節を知る。
方角を知る。
生れた時のその星の位置で、その運命でさえも知るのだそうだ。
「わたしは最後のモルガン族の族長になるそうだ」
「最後だって?」
ジプサムは驚いた。
草原の民はどうなるのだろう?
彼は毎年、息のつまる都会からモルガン族に滞在することを楽しみにするようになっていた。
ユーディアたちに会うのが楽しみだった。
特に、ユーディアに会うことだったのだが。
「そんなこと言うなよ?お前のモルガン族をわたしは守ってやる!」
「はあ?ジプサムが守ってくれるのか?」
ユーディアは体を起こした。
野生動物を退けるためのかがり火に、ユーディアの顔が照り返して、きれいだった。
それを見て、ジプサムはその決意を固める。
彼は、自分の国とまったく違う、この草原の民のユーディアたちと過ごす時間が楽しかった。
「守ってやる!わたしはベルゼラの第一王子だ!いずれ力をつける!モルガン族のひとつやふたつ、守ってやる」
ジプサムは言う。
まだ11歳ではあるが、彼はベルゼラ国では生意気で扱いの難しい態度をとるようになっていた。
「ベルゼラ国の王子?」
ユーディアにはそれが、どれぐらいのものかはわからなかったが、自信満々にいうジプサムの気持ちをそのまま頂くことにしたのだった。