世継ぎで舞姫の君に恋をする

19、王族の赤いマント

ユーディアの花の活け方はいわゆる投入れである。

「ああ、こんなの駄目よ?」

リラはユーディアがザクッと花瓶に入れたものを、花向きを整え、つぼみを間引き、茎をたわめて、根を引き締める用に決めた花は短く切る。
ユーディアの視線を感じる。

「どうして、そんなに不自然なことをするんだ?」
「どうしてって、そうした方が綺麗だからでしょう?花の活け方は黄金分割、等量分割があって、さらにまとまりごとのプロポーションを考える、、、」

説明をするが、ユーディアは納得がいかないようであった。

「花は野にあるように愛でるのが、自然で美しいだろ?花はそれだけで美しいのだから」

草原から来た美しい若者が言う。
リラにはそれは、彼自身の事をいっているように思える。

ユーディアは、リラの慣れた手つきで美しく整えられ、洗練されていく花瓶の花を見ていた。
花は本来の自然な伸びやかさを否定されていた。
だが、ユーディアは自分を貫く為に来たのではない。ベルゼラを学びに来ている。

小さくため息をつくと、リラが持ってきていた方の花を、ユーディアは改めてリラ風に活ける。
すると今度はバランスよく、見目のよい仕上りになった。

それを見て、人工的に無理矢理型にはめられて不自然なのは、自分たちの生き方なのだと、リラは感じるのであった。

その日の昼の給仕の時に、ユーディアはベルゼラの食べ物も料理法も、食べ方も知らないことが判明し、給仕というよりも、料理や食材から学んだ方がいいのではないの?
ということで、翌日から当分の間厨房に入ることを、リラから指示される。

食事については、厨房の仲間に丸投げした形だ。
きっとガレー料理長や調理場見習いの友人たちは苦労するだろうが、知ったこっちゃなかった。

リラは、これから午後の剣術稽古に必要なものを準備し、着替えを手伝う。
週一回の合同稽古である。
その時に、たぶんユーディアがわかっていないであろう、ベルゼラ国内の役職や力関係を教えなくてはならないだろう。

新人が入ったときに用意している資料はあったが、リラが気を付けなければならないことは、それは当然でしょう?
ということが、この草原出の新人には通用しないことが、思わぬところでちらほらと出てくるかもしれないことだった。

リラから引き継いだ側仕えの仕事も、さらにそれ以前の問題であった、ベルゼラの常識も、ユーディアは学ぶ。


読み書きの勉強はサニジンの担当だった。夕食までの一時間ほど、図書館で付き合っている。
この時間帯は、調べものなどで図書館を利用することが多い、サニジンが自然とその役目になったのだ。
毎日、慣れぬペンで単語の書き取りをする。
わからない意味を調べる。
それでもわからなければ、サニジンやサニジンがいなければ近くにいる人を捕まえる。
おおよそ、草原に存在しないものの単語はわからない。


当たり前のことを、真剣に聞き続けるユーディアにはじめのうちは業務の手をとめられて、嫌な顔をしていた、図書館に居合わせた事務官や、騎士や、女官たちも、ユーディアが王子の特別扱いの奴隷であると知って、ひきつった笑顔で教えてあげていた。

だが、どんな些細なことでも真剣に聞くその奴隷は、教えたことはスポンジが水を吸収していくようにどんどんと吸収していく。
モルガンの奴隷のユーディアが図書館で読み書きの勉強をしているという噂をトニー隊長がきき、せっかくなら自分のところのブルースも!ということで、2週間後には勉強仲間が増える。

トニー隊長の、ブルースへの心くばりでもあった。

王宮にブルースを連れて歩くとき、ブルースの視線が王子の側仕えを探すことに気がついていたからだ。
強くて賢いブルースは、すっかりトニー隊長のお気にいりになっていた。
銀髪の隊長が、三つ編みの端正な蛮族の奴隷を付き従える姿は、強いベルゼラを表しているようだった。

ブルースは自分のことを多く語らないが、トニーにはブルースと王子の奴隷との間に強い絆があるのがわかる。
絆を無理に引き離すのは、トラブルの種となる。

ブルースは相変わらず、三つ編の髪をしている。
彼の古くからの友人は、柔らかく片側に1つに大きな三つ編に変更していた。

ブルースとユーディアは競い合うように、学んでいく。

日がたつにつれて、次第にブルースやユーディアがいる時間を狙ってくるものも出て来ていた。
もっぱらブルースには女官たちが。
ユーディアには、事務官が多いようだった。
彼らは、質問されるのをさりげなく待っていて、楽しんで教えてくれる。


その日は、ジプサム王子は図書館に記録を読みによる。
ついでにぐるりと見回す。
この時間はユーディアの読み書きの勉強の時間であった。

図書館には大きな机と数多くの椅子が置かれ自由に利用できるようになっている。

彼の側仕えはその日は椅子に座っていなかった。
大きな窓にクッションを持ち込み、あぐらである。
そして、そのまま窓枠に背中を持たせかけて、熟睡している。

既に王宮での生活を始めて3ヶ月が経つ。
朝はジプサムより早く起き、スケジュールの確認もできるようになっていた。
突飛な行動も日に日に見せなくなっている。

「ユーディア、風邪引くぞ?寝るのであれば、部屋で休め」
ユーディアは起きそうになかった。
口は半開き。
手から本が転がり落ちていた。
タイトルを見ると、マッサージの本である。
自分にしようと、マッサージの勉強をするユーディアを、ジプサムはいじらしく可愛いと思う。


ジプサムは抱きかかえて連れていき、部屋に寝かせようかと思ったが、思い止まった。
自分と、この特別扱いの奴隷との噂を、あえて抱きかかえて運ぶことで裏付けることもないと思ったのだ。

だからその代わりに、マントを脱いでユーディアに掛ける。
夏も終わりである。夕方になると空気がひんやりとするのだ。

だが、そのジプサムの思い付きの行動に、図書館にいたもの全員が息を飲んだ!

王子のマントは真っ赤な地布に龍が刺繍された、王族だけが纏える特別なもの。
そのマントを与えられるということは、そのものを王族に迎え入れるという意味にも受け取れないわけではない。

つまり、ジプサム王子は側仕えの奴隷を愛している、男でなければ妻にしても良いと思っているほどのものである、とそのマントは示しているのではないか?

「、、、ジプサムさま、それは駄目です」
サニジンはようやく声を絞り出した。

「何がだ?窓ぎわで冷えるだろう?
ユーディアが風邪引くと業務に差し支える!うつされたくないからな!」

大真面目にジプサムは言う。
サニジンは、ジプサム王子にも、王子としての行動の、常識的な意味を事細かに教えなければならないのか、と思ったのだった。

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