世継ぎで舞姫の君に恋をする
22、キス
ユーディアはジプサムの略礼装を整えていた。昨日は帰還した王は、即、長く空けていた後宮に直行したらしい。
「後宮には一番目の王妃。正妃ともいう。二番目の妃、三番目の妃がいて、それから後は夫人が2名。それ以外はお手がついた嬪が10名ぐらい。嬪でも子を産んだら夫人になれる」
着替えを手伝いながら、ジプサムに後宮のことを聞く。
後宮に妻がざっと足して15名に驚いた。
「ベルゼラの王は精力的だな。そんなに妻がいたら、毎晩大変だろうに。兄弟は10人はいるのか?」
「兄弟は、弟のアズール8才。妹が三人。兄がいたが、父王に殺された。だからわたしが第一王子だ」
「まさか、親が子を殺すなんて、、」
ユーディアはビックリする。
ジプサムの表情が固かった。
「兄は嬪が産んだ。兄は後宮で病死した。元気だったのが翌日死亡だ!その嬪はわたしの母でもある。
母はわたしを生んで、後宮から出た。
わたしは、子供のいない正妃に預けられて育てられた」
「、、それは、父王に殺されたというより、後宮の妻の誰かに殺されたと考えられそうだけど?」
ユーディアは慎重に言う。
子供のいない妃あたりがあやしそうだった。そうなれば、育ての母が、自分の兄を殺した可能性もある。
後宮内の権力争いはよくわからないが、それだけ妻が多ければ、なにかと物騒なことが起こりそうだった。
「おんなじだ!
後宮が危険ならば、安全なところに保護すべきであった。それを怠った父は、兄を殺したも同然だろう?
父王は権力の座から降りたくないために、男子を殺しているという噂もある」
「でもジプサムは生きているだろ?」
ユーディアは、ジプサムの胸に巣くう闇を見た。
兄の死。
自分は継母に育てられ、父には多くの妻がいる。
「わたしは力がないから、父王に生かされている。箸にも棒にもかからないから無害だと言うわけだ」
ユーディアは、近くで見ていて、ジプサムが頑張っていることを知っている。
父王がいない間、問題が国内で起これば、直接現場に出向き、双方の意見を聞き、きちんと国内法に照らした判断がなされることを指示している。
また、法律の不備も洗い出し作業も行っている。
最後の仕上げに襟元を整える。
ユーディアは見られている感じに頬がこそばゆい感じがする。
たまらず、襟からジプサムの顔を至近距離で見ると、ジプサムの表情が緩んでいた。
ユーディアの心臓がどきどきする。
「わたしは妻は一人だけだと決めている」
「へえ?誰と結婚をするんだ?」
ジプサムの手が思いがけず延びて、ユーディアの髪をすく。
「彼女はモルガン族で、キラキラした目の舞姫だ。、、あの夜、わたしを殺しに来たのだと思う。
結局はわたしは彼女に生かされた。
わたしはその時から真剣に、王子として生きようと思ったのだ」
ジプサムの手が顔の輪郭をたどり、掬うように持ち上げた。
「髪を下ろしたユーディアは、彼女にとても似ている!」
ジプサムは愛しいものをみる目で、真剣にユーディアを見る。
「ディアはわたしが、今よりも平和な草原の関係を築きあげることができるならば、わたしの愛を受け入れてもらえるのだろうか?」
ほほを包むジプサムの手は温かい。
そして、己の顔を少し傾けて、ユーディアの唇にぴったりと重ねたその唇は、もっと熱かった。
天幕の夜と違って、熱くて甘いキス。
その時、コンコンと扉が内側から叩かれる。
ハッと二人は離れた。
サニジンだった。
「ジプサムさま、ご用意ができたのでしたら王の元にいきませんと」
「わかった」
名残惜しげにジプサムはユーディアの頬から手を放す。
「すまない。あなたがディアに見えた。わたしの気持ちを伝えたい。ディアに会えないだろうか?」
ジプサム王子は離れる前に、ユーディアに言う。以前、連絡を取り合っていると云っていたからだ。
「ディアに伝えるだけ伝えておく。だけど、彼女には許嫁がいる。ブルースだ」
ユーディアの声は掠れた。
ジプサムのキスで全身の血が沸騰し、水分を蒸発させてしまったようだった。
行きかけたジプサムの足が止まる。
「ブルースを彼女は愛しているのだろうか?」
「わからない」
絞り出すように言う。
なぜにジプサムは、ディアの気持ちをユーディアに聞くのだろう?
自分でさえもよくわかっていないというのに?
ユーディアはその日一日仕事でへまばかりしたのだった。
「ジプサム王子」
サニジンは王子の斜め後ろを歩く。
「ゼプシーの娘とは結婚できないことはわかっているのではないですか」
王子が通ると、事務官や騎士たちはその道を空け、頭をきちっと下げる。
ジプサムはこの数ヵ月で、その存在感を増していた。
「お前どこから聞いていたんだ」
ジプサムは言う。
「妻は一人と決めている、から」
「それは、はじめからだな!」
サニジンは全てを把握している。
「結婚は愛するものとする。父のように何人も後宮に囲ったりするつもりはない。
母がかわいそうだ」
ジプサムは、どちらの母をかわいそうといったのだろう?とサニジンは思う。
子供の一人は殺され、そして、もう一人は奪われて、愛する夫である王から遠く引き離された実母か。
それとも、他国の姫が政略結婚し、レグラン王に愛されることなく正妃となり、夫の愛する女が産んだ子を我が子と育てる義母か?
「わたしが頑張れるのは、ディアとユーディアたちのためだ」
王子は、モルガン討伐から変わった。
それは間近に仕えるサニジンにはわかりすぎるほどよく分かっている。
王子の目指す国作りのイメージが出来上がりつつあるのが分かる。
彼らのために頑張れば頑張るほど、ジプサムはベルゼラの次期王に相応しくなる。
そうなると今度は蛮族の娘との結婚が遠くなるだろうと、サニジンにはわかる。
サニジンは、ただの噂だったはずの二人が熱いキスを交わしていたのを思い出した。
「妻は一人ディアで、愛人はユーディアということですか!?」
言われて、ジプサムはなんにもないところでつまずく。
さっきのユーディアとのキスの意味は、ジプサム王子にもわかっていなかったのだった。
その夜、ユーディアは秘密の庭へ抜けだした。
部屋の窓から松明が灯っているのが見えたのだ。今夜は全身をつつむマントを羽織る。
これで、自分が王子の側仕えであると知っているものと出会っても平気なはずだった。
松明はあっても、レギーはいないようだった。一度用意してまた用事で帰ったのだろうかと思う。
ユーディアは今夜は篠笛を持ってきていた。レギーの持っているような、漆が塗られたものではない、素朴な竹の笛である。
静かに笛を吹く。
どれぐらい吹いていたのだろう。
「こんばんわ。ディア。来てくれるなんてうれしい」
レグランは昨晩は待ちぼうけである。
娘が前回よりもきれいになっているような気がした。
「何かいいことがあったの?」
ユーディアはふふっと笑う。
「笛も吹けるんだね!」
「男も女もいけるようにね、わたしはいろいろやったから。でもやっぱり踊る方がいいいわ!」
笛をおいて、手をひらひらさせてみる。
「ねえ、レギー?わたしの学んだ踊りには全て、対になる男踊りがあるの?」
「またわたしと踊りたいのかい?」
「踊りたい!せ、セクシーでない踊り方でいいんだけど!」
ユーディアは笛ではじまりを吹く。
レグランは数フレーズを聞いて、合点がいったようで弦をかき鳴らす。
ユーディアはそれに合わせて踊り出した。
そのうちに、レグランも楽器をおいて一緒に踊り出す。
素敵だった。
二人の息はぴったりと合う。
この端正な奴隷の男は、倍近く長く人生を経験しているからだろうか?とユーディアは思う。
先日よりもレグランはセクシー度は控える。
娘を怯えさせると、夜に出てこなくなるかもしれないからだ。
「あなたは、わたしの亡くなった妻に似ている」
レグランは言う。彼の最愛の一番目の妻。
モルガン族であった。
自分はまだ若く、彼女を守れず後宮で殺されてしまった。
「再婚はしないの?」
「した」
レグランはそれ以上語らない。
「わたしと踊ってくれ、ディア」
二人は踊る。
踊りすぎて、足ががくがくした。
「ねえ、伴奏に人を呼びたくなるわ!」
「モルガンといえば、、」
レグラン王は、ジプサムのお付きの奴隷の存在を思い浮かぶ。それと、トニーのところの戦士だ。
「ブルースは言ったら来てくれるかしら?
カカとライードはここまでは無理そうだし
、、、」
といいつつ、ユーディアは先程まで浮かれていた気持ちが沈むのを感じた。
ジプサムのことを思うのと、ブルースのことを思うのと、心の重さが違ったのだった。
それは今までは、意識したことのない違いだった。
娘はなぜ、ジプサムのお付きの奴隷をいわないのだろう?
レグラン王は不思議に思った。
「後宮には一番目の王妃。正妃ともいう。二番目の妃、三番目の妃がいて、それから後は夫人が2名。それ以外はお手がついた嬪が10名ぐらい。嬪でも子を産んだら夫人になれる」
着替えを手伝いながら、ジプサムに後宮のことを聞く。
後宮に妻がざっと足して15名に驚いた。
「ベルゼラの王は精力的だな。そんなに妻がいたら、毎晩大変だろうに。兄弟は10人はいるのか?」
「兄弟は、弟のアズール8才。妹が三人。兄がいたが、父王に殺された。だからわたしが第一王子だ」
「まさか、親が子を殺すなんて、、」
ユーディアはビックリする。
ジプサムの表情が固かった。
「兄は嬪が産んだ。兄は後宮で病死した。元気だったのが翌日死亡だ!その嬪はわたしの母でもある。
母はわたしを生んで、後宮から出た。
わたしは、子供のいない正妃に預けられて育てられた」
「、、それは、父王に殺されたというより、後宮の妻の誰かに殺されたと考えられそうだけど?」
ユーディアは慎重に言う。
子供のいない妃あたりがあやしそうだった。そうなれば、育ての母が、自分の兄を殺した可能性もある。
後宮内の権力争いはよくわからないが、それだけ妻が多ければ、なにかと物騒なことが起こりそうだった。
「おんなじだ!
後宮が危険ならば、安全なところに保護すべきであった。それを怠った父は、兄を殺したも同然だろう?
父王は権力の座から降りたくないために、男子を殺しているという噂もある」
「でもジプサムは生きているだろ?」
ユーディアは、ジプサムの胸に巣くう闇を見た。
兄の死。
自分は継母に育てられ、父には多くの妻がいる。
「わたしは力がないから、父王に生かされている。箸にも棒にもかからないから無害だと言うわけだ」
ユーディアは、近くで見ていて、ジプサムが頑張っていることを知っている。
父王がいない間、問題が国内で起これば、直接現場に出向き、双方の意見を聞き、きちんと国内法に照らした判断がなされることを指示している。
また、法律の不備も洗い出し作業も行っている。
最後の仕上げに襟元を整える。
ユーディアは見られている感じに頬がこそばゆい感じがする。
たまらず、襟からジプサムの顔を至近距離で見ると、ジプサムの表情が緩んでいた。
ユーディアの心臓がどきどきする。
「わたしは妻は一人だけだと決めている」
「へえ?誰と結婚をするんだ?」
ジプサムの手が思いがけず延びて、ユーディアの髪をすく。
「彼女はモルガン族で、キラキラした目の舞姫だ。、、あの夜、わたしを殺しに来たのだと思う。
結局はわたしは彼女に生かされた。
わたしはその時から真剣に、王子として生きようと思ったのだ」
ジプサムの手が顔の輪郭をたどり、掬うように持ち上げた。
「髪を下ろしたユーディアは、彼女にとても似ている!」
ジプサムは愛しいものをみる目で、真剣にユーディアを見る。
「ディアはわたしが、今よりも平和な草原の関係を築きあげることができるならば、わたしの愛を受け入れてもらえるのだろうか?」
ほほを包むジプサムの手は温かい。
そして、己の顔を少し傾けて、ユーディアの唇にぴったりと重ねたその唇は、もっと熱かった。
天幕の夜と違って、熱くて甘いキス。
その時、コンコンと扉が内側から叩かれる。
ハッと二人は離れた。
サニジンだった。
「ジプサムさま、ご用意ができたのでしたら王の元にいきませんと」
「わかった」
名残惜しげにジプサムはユーディアの頬から手を放す。
「すまない。あなたがディアに見えた。わたしの気持ちを伝えたい。ディアに会えないだろうか?」
ジプサム王子は離れる前に、ユーディアに言う。以前、連絡を取り合っていると云っていたからだ。
「ディアに伝えるだけ伝えておく。だけど、彼女には許嫁がいる。ブルースだ」
ユーディアの声は掠れた。
ジプサムのキスで全身の血が沸騰し、水分を蒸発させてしまったようだった。
行きかけたジプサムの足が止まる。
「ブルースを彼女は愛しているのだろうか?」
「わからない」
絞り出すように言う。
なぜにジプサムは、ディアの気持ちをユーディアに聞くのだろう?
自分でさえもよくわかっていないというのに?
ユーディアはその日一日仕事でへまばかりしたのだった。
「ジプサム王子」
サニジンは王子の斜め後ろを歩く。
「ゼプシーの娘とは結婚できないことはわかっているのではないですか」
王子が通ると、事務官や騎士たちはその道を空け、頭をきちっと下げる。
ジプサムはこの数ヵ月で、その存在感を増していた。
「お前どこから聞いていたんだ」
ジプサムは言う。
「妻は一人と決めている、から」
「それは、はじめからだな!」
サニジンは全てを把握している。
「結婚は愛するものとする。父のように何人も後宮に囲ったりするつもりはない。
母がかわいそうだ」
ジプサムは、どちらの母をかわいそうといったのだろう?とサニジンは思う。
子供の一人は殺され、そして、もう一人は奪われて、愛する夫である王から遠く引き離された実母か。
それとも、他国の姫が政略結婚し、レグラン王に愛されることなく正妃となり、夫の愛する女が産んだ子を我が子と育てる義母か?
「わたしが頑張れるのは、ディアとユーディアたちのためだ」
王子は、モルガン討伐から変わった。
それは間近に仕えるサニジンにはわかりすぎるほどよく分かっている。
王子の目指す国作りのイメージが出来上がりつつあるのが分かる。
彼らのために頑張れば頑張るほど、ジプサムはベルゼラの次期王に相応しくなる。
そうなると今度は蛮族の娘との結婚が遠くなるだろうと、サニジンにはわかる。
サニジンは、ただの噂だったはずの二人が熱いキスを交わしていたのを思い出した。
「妻は一人ディアで、愛人はユーディアということですか!?」
言われて、ジプサムはなんにもないところでつまずく。
さっきのユーディアとのキスの意味は、ジプサム王子にもわかっていなかったのだった。
その夜、ユーディアは秘密の庭へ抜けだした。
部屋の窓から松明が灯っているのが見えたのだ。今夜は全身をつつむマントを羽織る。
これで、自分が王子の側仕えであると知っているものと出会っても平気なはずだった。
松明はあっても、レギーはいないようだった。一度用意してまた用事で帰ったのだろうかと思う。
ユーディアは今夜は篠笛を持ってきていた。レギーの持っているような、漆が塗られたものではない、素朴な竹の笛である。
静かに笛を吹く。
どれぐらい吹いていたのだろう。
「こんばんわ。ディア。来てくれるなんてうれしい」
レグランは昨晩は待ちぼうけである。
娘が前回よりもきれいになっているような気がした。
「何かいいことがあったの?」
ユーディアはふふっと笑う。
「笛も吹けるんだね!」
「男も女もいけるようにね、わたしはいろいろやったから。でもやっぱり踊る方がいいいわ!」
笛をおいて、手をひらひらさせてみる。
「ねえ、レギー?わたしの学んだ踊りには全て、対になる男踊りがあるの?」
「またわたしと踊りたいのかい?」
「踊りたい!せ、セクシーでない踊り方でいいんだけど!」
ユーディアは笛ではじまりを吹く。
レグランは数フレーズを聞いて、合点がいったようで弦をかき鳴らす。
ユーディアはそれに合わせて踊り出した。
そのうちに、レグランも楽器をおいて一緒に踊り出す。
素敵だった。
二人の息はぴったりと合う。
この端正な奴隷の男は、倍近く長く人生を経験しているからだろうか?とユーディアは思う。
先日よりもレグランはセクシー度は控える。
娘を怯えさせると、夜に出てこなくなるかもしれないからだ。
「あなたは、わたしの亡くなった妻に似ている」
レグランは言う。彼の最愛の一番目の妻。
モルガン族であった。
自分はまだ若く、彼女を守れず後宮で殺されてしまった。
「再婚はしないの?」
「した」
レグランはそれ以上語らない。
「わたしと踊ってくれ、ディア」
二人は踊る。
踊りすぎて、足ががくがくした。
「ねえ、伴奏に人を呼びたくなるわ!」
「モルガンといえば、、」
レグラン王は、ジプサムのお付きの奴隷の存在を思い浮かぶ。それと、トニーのところの戦士だ。
「ブルースは言ったら来てくれるかしら?
カカとライードはここまでは無理そうだし
、、、」
といいつつ、ユーディアは先程まで浮かれていた気持ちが沈むのを感じた。
ジプサムのことを思うのと、ブルースのことを思うのと、心の重さが違ったのだった。
それは今までは、意識したことのない違いだった。
娘はなぜ、ジプサムのお付きの奴隷をいわないのだろう?
レグラン王は不思議に思った。