世継ぎで舞姫の君に恋をする
25、草原の民の始まりの踊り
一番最初の曲はしっとりとした、草原の民の、目覚めの始まりの曲から。
草原に落ちた、精霊の娘の踊り。
右も左も分からない人間界で、星空を羅針盤に彷徨う精霊の娘。
ユーディアは心細げに踊る。
己の手も足も、その顔も、これは自分なのか?
ここはどこなのだ?
大事なものをどこかに置き忘れた。
こころにはぽっかり空いた穴がある。
人間の男が娘を見つける。
彼は狩りをしながら草原を渡る。
彼は、彼女ほど美しい人をみたことがない。
「わたしは帰りたいのです。ですがどこに帰ってよいかわからない。
わたしが誰かも分からない」
夜空の黒い瞳に星が輝く。
美しい瞳の娘に男は恋をする。
「草原で見つけたあなたは、草原の人だ。草木を渡る風はあなたに優しい。
どうかわたしの妻になってほしい」
精霊界には愛する雷の精霊がいた。
彼女は記憶を精霊界へ置き忘れていた。
求められるまま、その体を差し出す。
熱く、強く、彼女を抱く、激しい愛を彼女は知らない。
男は彼女を愛す。
彼女はその愛に、歌と音楽と踊りで応える。
精霊であることを忘れ、人として幸せにいきる10数年。
子供も授かり、愛し愛され幸せな人としての日々。
だが、雷の精霊が彼女を見つける。
愛する娘は既に人の男のものになっていた。
娘の笑顔は、一度も自分は見たことのないもの。
激怒した精霊は、雷を男に放つ。
だが、愛する男をかばって精霊の娘は死ぬ。
雷の精霊は悲しんで、嵐の後には凍てつく冷たい風。
冬が来る。
男の元に残されたのは、彼女の口ずさんだ歌と音楽と踊りと、子供たち。
草原の民は、その子供たちから生まれる。
娘の、歌と音楽と踊りはいつまでも、草原の民に引き継がれるのだ。
ユーディアはしっとりと踊る。
草原の民ならば必ず知っている、始まりの物語だ。
踊りに解説はない。
揺れる篠笛が、精霊の娘の心細さを。
リズミカルに弾かれる音が恋の始まりを、低く弾かれる細かな弦の音が、来たり来る雷の恐怖を連想させる。
ユーディアは一人で、娘のパートを踊る。人間の男は、踊る間にジプサムの形をとっていく。
ジプサムの命を狙われるならば、自分は彼をかばって死んでもいいと思えるほど、彼を愛しているのだろうか?
彼が、ディアを心より愛している!というならば、この命を捧げても惜しくないと思えるのだろうか?
ユーディアは雷に打たれて崩れ落ちる。
だが、その体は受け止められた。
物語に乱入した者がいた。
細身の体。弾む筋肉の強い腕。
白地に金の刺繍の、男が舞台に躍り上がり、崩れる精霊の娘の体を抱きしめる。
「あなたを死なせない!音楽を変えよ!」
シャビとトーレスは、ユーディア以上に驚いていたが、二人は顔を見あわせて、別の明るい曲に変更する。
こういう、予定通りにいかないのが人生なのだ。楽しまなければ損である。
男と精霊の娘の、草原の民の始まりの悲劇は、書き換えられた。
娘の死への踊りが、一命を取りとめ、男との愛の溢れる踊りへ早変り。
その男はレギーだった。
圧倒的な存在感で、途中から舞台を乗っ取り、彼の望むままの物語を紡ぐ。
はじめはびっくり仰天のユーディアも、レギーの強引な、新しい物語に楽しくなる。
舞台の上は楽しく、セクシーな男踊りと女踊りが展開する。
一杯の観客たちは、その演出にドッと沸く。素晴らしい、二人の踊りに音楽だった。
だが、観客でひとり固まったものがいる。
ひとつの角の鬼の面、ジプサム王子だ。
彼は、後ろ姿の娘がディアと知った。
草原の民の始まりの物語は知らなかったが、男の乱入で物語が書き換えられたのはわかった。
角二つの鬼の仮面をつけて踊る男に、彼の舞姫はなんて楽しそうに踊るのだろう。
二人の息はぴったりだった。
鷹の仮面の向こうのディアの視線が、乱入男に熱く絡まるのを感じる。
そして、その男は誰なのかわかったのもジプサムだけだったかもしれない。
白地に金の、一見しては分からないが龍の刺繍。
それは、彼の父、レグラン王が好んで使うモチーフだ。
だが、ジプサムはそんなに楽しく踊る父は知らない。父が、モルガン族の男踊りが踊れることなど知らない。
踊りが終わった。
二人は舞台で手を取り、向かい合う。
ジプサムはもう見ていられなかった。
押さえきれない怒りがあった。
彼も舞台に躍り上がり、二つ角の鬼の仮面の父に、殴りかる。
「ジプサム!?」
ディアの驚いた声。
レギーの仮面が吹っ飛び、その下から現れた顔に、会場中が息を飲んだ!
セクシーなダンサーは彼らの王であった!
レグランは飛びかかってきた男の仮面をむしりとる。
「ジプサムか!」
息子の自分を殺さんばかりの表情に、心底楽しそうに口許に余裕の笑みが浮かぶ。
喧嘩は最近することがないが、レグランは豪のものである。
自ら手を下すことに躊躇はない。
会場中は、あり得ない暴徒の素顔に仰天する。ジプサム王子が暴力を振るうことなど想像したこともなかったからだ。
実の父と息子が殴りあう。
それは公開親子げんかなのか?
新手の演出か?
二人は殴り合い、シャビとトーレスが止めに入り、巻き添えをくらう。
観客だった騎士たちも、遅れて王と王子を引き離した。
「ディアはあんたになんか渡さない!これ以上、モルガンの民をあんたの好きにさせるつもりはない!」
ジプサムは引き離される間際、王に言い放ったのだった。
草原に落ちた、精霊の娘の踊り。
右も左も分からない人間界で、星空を羅針盤に彷徨う精霊の娘。
ユーディアは心細げに踊る。
己の手も足も、その顔も、これは自分なのか?
ここはどこなのだ?
大事なものをどこかに置き忘れた。
こころにはぽっかり空いた穴がある。
人間の男が娘を見つける。
彼は狩りをしながら草原を渡る。
彼は、彼女ほど美しい人をみたことがない。
「わたしは帰りたいのです。ですがどこに帰ってよいかわからない。
わたしが誰かも分からない」
夜空の黒い瞳に星が輝く。
美しい瞳の娘に男は恋をする。
「草原で見つけたあなたは、草原の人だ。草木を渡る風はあなたに優しい。
どうかわたしの妻になってほしい」
精霊界には愛する雷の精霊がいた。
彼女は記憶を精霊界へ置き忘れていた。
求められるまま、その体を差し出す。
熱く、強く、彼女を抱く、激しい愛を彼女は知らない。
男は彼女を愛す。
彼女はその愛に、歌と音楽と踊りで応える。
精霊であることを忘れ、人として幸せにいきる10数年。
子供も授かり、愛し愛され幸せな人としての日々。
だが、雷の精霊が彼女を見つける。
愛する娘は既に人の男のものになっていた。
娘の笑顔は、一度も自分は見たことのないもの。
激怒した精霊は、雷を男に放つ。
だが、愛する男をかばって精霊の娘は死ぬ。
雷の精霊は悲しんで、嵐の後には凍てつく冷たい風。
冬が来る。
男の元に残されたのは、彼女の口ずさんだ歌と音楽と踊りと、子供たち。
草原の民は、その子供たちから生まれる。
娘の、歌と音楽と踊りはいつまでも、草原の民に引き継がれるのだ。
ユーディアはしっとりと踊る。
草原の民ならば必ず知っている、始まりの物語だ。
踊りに解説はない。
揺れる篠笛が、精霊の娘の心細さを。
リズミカルに弾かれる音が恋の始まりを、低く弾かれる細かな弦の音が、来たり来る雷の恐怖を連想させる。
ユーディアは一人で、娘のパートを踊る。人間の男は、踊る間にジプサムの形をとっていく。
ジプサムの命を狙われるならば、自分は彼をかばって死んでもいいと思えるほど、彼を愛しているのだろうか?
彼が、ディアを心より愛している!というならば、この命を捧げても惜しくないと思えるのだろうか?
ユーディアは雷に打たれて崩れ落ちる。
だが、その体は受け止められた。
物語に乱入した者がいた。
細身の体。弾む筋肉の強い腕。
白地に金の刺繍の、男が舞台に躍り上がり、崩れる精霊の娘の体を抱きしめる。
「あなたを死なせない!音楽を変えよ!」
シャビとトーレスは、ユーディア以上に驚いていたが、二人は顔を見あわせて、別の明るい曲に変更する。
こういう、予定通りにいかないのが人生なのだ。楽しまなければ損である。
男と精霊の娘の、草原の民の始まりの悲劇は、書き換えられた。
娘の死への踊りが、一命を取りとめ、男との愛の溢れる踊りへ早変り。
その男はレギーだった。
圧倒的な存在感で、途中から舞台を乗っ取り、彼の望むままの物語を紡ぐ。
はじめはびっくり仰天のユーディアも、レギーの強引な、新しい物語に楽しくなる。
舞台の上は楽しく、セクシーな男踊りと女踊りが展開する。
一杯の観客たちは、その演出にドッと沸く。素晴らしい、二人の踊りに音楽だった。
だが、観客でひとり固まったものがいる。
ひとつの角の鬼の面、ジプサム王子だ。
彼は、後ろ姿の娘がディアと知った。
草原の民の始まりの物語は知らなかったが、男の乱入で物語が書き換えられたのはわかった。
角二つの鬼の仮面をつけて踊る男に、彼の舞姫はなんて楽しそうに踊るのだろう。
二人の息はぴったりだった。
鷹の仮面の向こうのディアの視線が、乱入男に熱く絡まるのを感じる。
そして、その男は誰なのかわかったのもジプサムだけだったかもしれない。
白地に金の、一見しては分からないが龍の刺繍。
それは、彼の父、レグラン王が好んで使うモチーフだ。
だが、ジプサムはそんなに楽しく踊る父は知らない。父が、モルガン族の男踊りが踊れることなど知らない。
踊りが終わった。
二人は舞台で手を取り、向かい合う。
ジプサムはもう見ていられなかった。
押さえきれない怒りがあった。
彼も舞台に躍り上がり、二つ角の鬼の仮面の父に、殴りかる。
「ジプサム!?」
ディアの驚いた声。
レギーの仮面が吹っ飛び、その下から現れた顔に、会場中が息を飲んだ!
セクシーなダンサーは彼らの王であった!
レグランは飛びかかってきた男の仮面をむしりとる。
「ジプサムか!」
息子の自分を殺さんばかりの表情に、心底楽しそうに口許に余裕の笑みが浮かぶ。
喧嘩は最近することがないが、レグランは豪のものである。
自ら手を下すことに躊躇はない。
会場中は、あり得ない暴徒の素顔に仰天する。ジプサム王子が暴力を振るうことなど想像したこともなかったからだ。
実の父と息子が殴りあう。
それは公開親子げんかなのか?
新手の演出か?
二人は殴り合い、シャビとトーレスが止めに入り、巻き添えをくらう。
観客だった騎士たちも、遅れて王と王子を引き離した。
「ディアはあんたになんか渡さない!これ以上、モルガンの民をあんたの好きにさせるつもりはない!」
ジプサムは引き離される間際、王に言い放ったのだった。