世継ぎで舞姫の君に恋をする
2、祭りの羊
翌朝、モルガン族の族長のゼオンはユーディアの様子を見に、外れの檻を見に行く。
彼は、外れの檻に近づくにつれて、その口許に笑みが浮かんでいく。
ユーディアを閉じ込めた檻の回りには、昨日一緒に野生馬を乗り回した子供たちが、ユーディアの罰に付き合って、思い思いに寝ていたのであった。
大きな間隔の木の柵の中へ、ブルースが手を伸ばしてユーディアの右手を繋いでいた。
ブルースはユーディアよりもふたつ上。
褐色の肌の、黒髪の、もともとの草原の民の特徴を色濃く引き継いだ少年である。
西のモルガン族からの預かりの息子であった。
もとはひとつの一族であるが、拠点が違うので、それぞれを西の、東の、と呼んでいる。
西は勇猛果敢な一族としてその名を轟かしている。
ブルースは、その勇猛果敢な西のモルガン族の三男坊。
ユーディアの父、東のゼオンの側は、どちらかと言えば温厚派の東のモルガン族である。
東の族長の娘であり、世嗣ぎのユーディアの、ブルースは入婿の候補として預かっている。
お互いはあまり意識をしていないようではあるが、友達として、仲は大変良かった。
良き友というよりは、悪友に近い感じではあったが。
結婚はまだ先である。
ゼオンは娘のユーディアの左手を見た。
ユーディアの左手は、柵から少し出て、その手はベルゼラの王子の手に繋がれていた。
その繋がれた手を見て、ベルゼラとモルガン族の、高まる緊張を解く鍵があるような気がするが、彼らはまだ大人の事情など思いもしないであろう、子供たちである。
「カカ、ライード、シャビ、トーレス、ブルース、そしてベルゼラのジプサム。
なんとまあ、仲の良いことで、、、」
骨折をしたカカも、腕に包帯の状態で混ざっていた。
そろそろ夜も明けるのに、彼らはぐっすり眠る。
夜遅くまでおしゃべりでもしていたのかも知れなかった。
もう少し、寝させてやろう。
と族長のゼオンは微笑みながらその場を離れたのだった。
その年は、草原中から多くの民が集まっていた。
大きな西と東のモルガン族だけでなく、各地に散らばる、西や東に所属する者たちも集まっていた。
西の陣に、これ以上できないと思われるほど大きなテントが張られ、奥に座る族長たち、西のジダンと東のゼオンの前で挨拶がなされていく。
普段は遊牧で最小単位で生活をする者たちも、年が変わる時には族長の元に集まって来ていた。
今年は合同である。
というのも、年々モルガン族は全体として縮小傾向があるからだ。
一度分かれた部族も、次の次の世代にはいずれまたひとつになるのかも知れなかった。
結婚の報告、子供ができた報告、羊の数や、昨年とれた作物のことなど目出度い報告がなされていた。
だが、同時に、野性動物に襲われたことや、最近できた草原の国の土地に入れなくなった話や、強い武器で威嚇された話、拐われ暴行された娘の話など、あまり聞きたくもないことも報告されている。
悪い報告は年々多くなっていた。
若い血気盛んな者たちの中には、戦って草原から彼らを追い出そうと言う話も上がっている。
ベルゼラの現王のところへ、毎年彼の息子のジプサムを迎えにいっているゼオンは、ベルゼラなど他国と戦うことは得策ではないと説く。
国力の違いは歴然であった。
ゼオンは、自分たちの生き方を認めてもらうように働きかけ続けるのが良いではないか?
と言い続けている。
温厚なゼオンに諭されて、猛る西のジダンの一族を抑えることができている。
だが、近い将来、彼らの怒りが爆発するのも目に見えているのであった。
挨拶や会議が終ると、新年の祝いの会が開かれる。
もう難しい話は終わりだった。
外に閉め出されていた子供たちも祝いの食事を一緒に頂けるのだ。
族長の妻が数匹の今年生れた若い羊を選ぶ。
羊は、自分の身に起こったことを理解する前に首を切られて絶命する。
宴の羊が屠られ、手際よく捌かれていく。それは女たちの仕事であった。
生きるために命をいただくことも、目をそらしてはならなかった。
ベルゼラでは分業が進むために、肉はその生きている姿を想像できないほど、分割されている。
皮は剥がされ、吊るされ、血を抜く。
皮は鞣されて靴や防寒具になる。
血も利用される。内臓もすべて食される。
無駄なものはなにもなかった。
「うわあ、今夜はごちそうだ!」
子供たちの誰かがうきうきと言った。
ユーディアはぐずっと涙をすする。
選ばれた一匹は、ユーディアが取り上げた黒い羊だったのだ。
艶々のくるくるの毛がかわいい、羊だった。
彼のために、盛大に今年の祭りを盛り上げようと思う。
それが小さな黒ん坊を愛したユーディアにできることだった。
「そうだね!今日は宴もある。僕たち子供たちも楽器や踊りも大人たちに混じって参加する。ジプサムは楽しみにしていて!」
「祭り?!」
ジプサムは、そういえば新年に参加するのは初めてだったことに気がついた。
「祭りだよ?ああ、ジプは今回が初めてだった?男は楽器を演奏し、女は踊るんだ。男でも踊ってもいいけど、、、ジプは何かできる?」
ぶんぶんと、必死でジプサムは首を振った。
「何にもできないよ!いきなりは無理だ!」
「そう?」
ユーディアは首を傾ける。
ジプサムでもできそうな楽器を思い浮かべていた。
打楽器系ならありそうではあるが。
「では、今年は見ているだけでもいいよ!」
ユーディアの決定は、大抵が通る。
世嗣ぎというものはそういうものらしかった。
「っていうことで、無理に参加しろとかジプを急かすんじゃないぞ!」
ユーディアはいつもの仲間に言う。
「わかった!」
ブルースが言う。
部外者のお前は、指を咥えて見ておけ!といっているようなブルースの視線を、なんとなくジプサムは感じる。
今年はふとしたところで、ブルースの敵対的な意識を感じるような気がした。
彼は、外れの檻に近づくにつれて、その口許に笑みが浮かんでいく。
ユーディアを閉じ込めた檻の回りには、昨日一緒に野生馬を乗り回した子供たちが、ユーディアの罰に付き合って、思い思いに寝ていたのであった。
大きな間隔の木の柵の中へ、ブルースが手を伸ばしてユーディアの右手を繋いでいた。
ブルースはユーディアよりもふたつ上。
褐色の肌の、黒髪の、もともとの草原の民の特徴を色濃く引き継いだ少年である。
西のモルガン族からの預かりの息子であった。
もとはひとつの一族であるが、拠点が違うので、それぞれを西の、東の、と呼んでいる。
西は勇猛果敢な一族としてその名を轟かしている。
ブルースは、その勇猛果敢な西のモルガン族の三男坊。
ユーディアの父、東のゼオンの側は、どちらかと言えば温厚派の東のモルガン族である。
東の族長の娘であり、世嗣ぎのユーディアの、ブルースは入婿の候補として預かっている。
お互いはあまり意識をしていないようではあるが、友達として、仲は大変良かった。
良き友というよりは、悪友に近い感じではあったが。
結婚はまだ先である。
ゼオンは娘のユーディアの左手を見た。
ユーディアの左手は、柵から少し出て、その手はベルゼラの王子の手に繋がれていた。
その繋がれた手を見て、ベルゼラとモルガン族の、高まる緊張を解く鍵があるような気がするが、彼らはまだ大人の事情など思いもしないであろう、子供たちである。
「カカ、ライード、シャビ、トーレス、ブルース、そしてベルゼラのジプサム。
なんとまあ、仲の良いことで、、、」
骨折をしたカカも、腕に包帯の状態で混ざっていた。
そろそろ夜も明けるのに、彼らはぐっすり眠る。
夜遅くまでおしゃべりでもしていたのかも知れなかった。
もう少し、寝させてやろう。
と族長のゼオンは微笑みながらその場を離れたのだった。
その年は、草原中から多くの民が集まっていた。
大きな西と東のモルガン族だけでなく、各地に散らばる、西や東に所属する者たちも集まっていた。
西の陣に、これ以上できないと思われるほど大きなテントが張られ、奥に座る族長たち、西のジダンと東のゼオンの前で挨拶がなされていく。
普段は遊牧で最小単位で生活をする者たちも、年が変わる時には族長の元に集まって来ていた。
今年は合同である。
というのも、年々モルガン族は全体として縮小傾向があるからだ。
一度分かれた部族も、次の次の世代にはいずれまたひとつになるのかも知れなかった。
結婚の報告、子供ができた報告、羊の数や、昨年とれた作物のことなど目出度い報告がなされていた。
だが、同時に、野性動物に襲われたことや、最近できた草原の国の土地に入れなくなった話や、強い武器で威嚇された話、拐われ暴行された娘の話など、あまり聞きたくもないことも報告されている。
悪い報告は年々多くなっていた。
若い血気盛んな者たちの中には、戦って草原から彼らを追い出そうと言う話も上がっている。
ベルゼラの現王のところへ、毎年彼の息子のジプサムを迎えにいっているゼオンは、ベルゼラなど他国と戦うことは得策ではないと説く。
国力の違いは歴然であった。
ゼオンは、自分たちの生き方を認めてもらうように働きかけ続けるのが良いではないか?
と言い続けている。
温厚なゼオンに諭されて、猛る西のジダンの一族を抑えることができている。
だが、近い将来、彼らの怒りが爆発するのも目に見えているのであった。
挨拶や会議が終ると、新年の祝いの会が開かれる。
もう難しい話は終わりだった。
外に閉め出されていた子供たちも祝いの食事を一緒に頂けるのだ。
族長の妻が数匹の今年生れた若い羊を選ぶ。
羊は、自分の身に起こったことを理解する前に首を切られて絶命する。
宴の羊が屠られ、手際よく捌かれていく。それは女たちの仕事であった。
生きるために命をいただくことも、目をそらしてはならなかった。
ベルゼラでは分業が進むために、肉はその生きている姿を想像できないほど、分割されている。
皮は剥がされ、吊るされ、血を抜く。
皮は鞣されて靴や防寒具になる。
血も利用される。内臓もすべて食される。
無駄なものはなにもなかった。
「うわあ、今夜はごちそうだ!」
子供たちの誰かがうきうきと言った。
ユーディアはぐずっと涙をすする。
選ばれた一匹は、ユーディアが取り上げた黒い羊だったのだ。
艶々のくるくるの毛がかわいい、羊だった。
彼のために、盛大に今年の祭りを盛り上げようと思う。
それが小さな黒ん坊を愛したユーディアにできることだった。
「そうだね!今日は宴もある。僕たち子供たちも楽器や踊りも大人たちに混じって参加する。ジプサムは楽しみにしていて!」
「祭り?!」
ジプサムは、そういえば新年に参加するのは初めてだったことに気がついた。
「祭りだよ?ああ、ジプは今回が初めてだった?男は楽器を演奏し、女は踊るんだ。男でも踊ってもいいけど、、、ジプは何かできる?」
ぶんぶんと、必死でジプサムは首を振った。
「何にもできないよ!いきなりは無理だ!」
「そう?」
ユーディアは首を傾ける。
ジプサムでもできそうな楽器を思い浮かべていた。
打楽器系ならありそうではあるが。
「では、今年は見ているだけでもいいよ!」
ユーディアの決定は、大抵が通る。
世嗣ぎというものはそういうものらしかった。
「っていうことで、無理に参加しろとかジプを急かすんじゃないぞ!」
ユーディアはいつもの仲間に言う。
「わかった!」
ブルースが言う。
部外者のお前は、指を咥えて見ておけ!といっているようなブルースの視線を、なんとなくジプサムは感じる。
今年はふとしたところで、ブルースの敵対的な意識を感じるような気がした。