世継ぎで舞姫の君に恋をする

30、山賊

賑やかな王都を抜けるとしばらくは石畳で舗装された街道の道を行く。
王都の街道沿いは賑やかな宿場町が続いている。
ジプサム王子一行は、かなり押さえているとはいえ、どこに行っても目立っている。

「ジプサム王子!」
娘から声が掛かると、ジプサムは片手をあげて返す。
彼らは速足に駆け抜けた。

賑やかな街道沿いが、一気に田園地帯に変わり、尚も行くと植林地域になる。



ユーディアはどこで一行と別れてモルガンに向かうか、決めかねていた。
次の辻で、その次の辻で、と思う内に山の麓まで来てしまっていた。
既に森は、手付かずの雑多な森に変わる。
紅葉が美しい時期でもあった。
街道にも色とりどりの落ち葉が、馬の蹄に舞っている。
ここが最後の分かれ道だった。

なだらかな山から吹き下ろす風が冷たい。東の離宮は森を抜けて、山の中腹の開けたところにあるという。

道がわかれる。モルガンに続く、辺境の町へ続く道か、そのまま山を登り、同盟国トルクメにいくか、分かれる。
リビエラもこの山で接しているが国境がないために、道はない。
昔はあったのだという。
使わないために、森に飲み込まれたようだった。落ち葉が幾層にも重なる。


王子の一行とユーディアが別れたのもここである。


「ここまできたのなら離宮を見てから、モルガンに帰ればいいのではないか?
山から見下ろす景色も美しいのに違いない」

別れがたく、ジプサムはいう。
ユーディアは首を振った。
これ以上一緒にいれば本当に別れが辛くなってしまう。
ジプサムは強くユーディアを抱き締める。

「では春に。これが最後なんて思いたくない」
春にユーディアが戻る確約はできなかった。春にはジプサムは結婚するだろう。
ジプサムの次はジャンだ。
「気を付けてな!また王宮で会おう!」

ブルースはジプサム以上に強くユーディアを抱き締める。
ヒューと騎士候補たちは口笛を吹いた。

「春には俺もモルガンに帰る。そこで結婚しよう。待っていていくれ」
そしてユーディアの耳にささやいた。
だが、ユーディアは返事ができない。
この冬の寒さが、ジプサムへの想いを絶ちきってくれるだろうか?
そして、ブルースと喜んで結婚できるのだろうか?


「ユーディア、、、」
ブルースは顔を挟みユーディアの頬にキスをする。
その親密さに、一同はひやっとする。
「ブルース、もういいだろ!」
ジプサムはイラッという。
昔からブルースはユーディアから離れなかったが、くっつきすぎではないか?
ブルースは名ごり惜しげに離れた。
ユーディアがカカを見ると、指でサインを寄越した。

みんなによろしく!
山賊が出るから気を付けて!!

軽く首肯く。

ユーディアは王子一行から離れた。
一人でいく旅は直ぐに寂しくなる。
ユーディアは一人でいたことがなかったのだった。いつもブルースやカカやサラサがいた。
ベルゼラではジプサムが。

祖国へ帰るのに寂しいという感覚のほうが、皆に久々に会える喜びよりも強いなんてことがありえるのだろうか?

ユーディアは頭を振り、今はモルガンへ帰る道行だけを考えることにした。

「まずは、このあたりはリビエラ国も近いし、リビエラについて近くの宿場町で情報収集、そして一泊。山賊のことも気になる!
ジプサムの助けになるなら山賊の情報も集めようか。そして、モルガンへの帰り道をちゃんと把握して、、、」

ユーディアはうねりながら下る、下り道に差し掛かっていた。
美しい赤と黄色の彩りに挟まれた眼下の道には、幌馬車が2台、さらに先に小さな町が見える。

白い小さな雪がちらちらしはじめる。
初雪だった。
天を仰ぐと重い雲が広がっている。
頬を撫でる風もとてもつめたい。

ユーディアは、先をいく幌馬車の商団と町まで行動を共にしようと思い立った。
山賊の存在が不気味だった。
一人でいるより心強い感じがした。

馬の脇腹を蹴った。
駆けるとその距離はすぐだった。

だが、眼下では不意に状況は一変していた。ユーディアは信じられないものを見る。
2台の幌馬車へ、森からわらわらと黒い物が群がる。
それが山賊だと理解する前に、悲鳴と叫び声がユーディアに届く。
弓が射られる。
キンという金属のぶつかり合う音。
それが意味しているのは、

「山賊!」

ユーディアはさらに馬を駆けた。
何ができるかわからなかったが無我夢中だった。

商団の護衛の男が黒服の男に切られて転がった。

襲っているのは黒服の一団だった。
護衛の男は胸を押さえて呻く。
その手からはどくどくと流れ出していた。


ユーディアが身の危険にも関わらず、馬から飛び降りて駆け寄る。
ユーディアも吹き出す血を押さえる。
血が流れすぎていた。
目の前で人が死ぬ。

男は焦点の合わない目でユーディアをにらみ、胸を押さえるその手首を万力のような力で掴んだ。

「あ、、、リシュアとセリアに、愛していると、、」

二人の回りでは既に戦闘は終わり、略奪行為が行われていた。
幌馬車から商人は引摺り出されている。
目の前でいってしまった儚い命にユーディアの目から涙が溢れる。

だが、感傷に浸っていられなかった。
ここにいては危険だった。

「男ばっかりだな!」
野蛮な豊漁の雄叫びが上がる。

ユーディアは、幌馬車の影になっていた。
息を殺し、男のいまわの際に掴まれたその手をほどこうする。

男は事切れていた。この状況だと森に駆け込んで逃げるしかなかった。
夢中で飛び込んでしまった。
今度はユーディアが狙われる危険な状況だった。
ユーディアの馬も捉えられている。

だが、死んだ男の手がユーディアの手首を放そうとしなかった。

幌馬車の後ろの出入り口が大きく開かれた。

「兄貴、ここにもいるよ!怪我人かも?」

その声はユーディアよりも若い。
はっとして顔をあげると、大きな緑の目と視線がぶつかる。
そこから、ひゅっと紐が飛び、体に巻きついた。
ユーディアは抵抗するまもなく、黒服の少年に簡単に捕まってしまった。

「きれいなお兄ちゃんじっとしてて!
俺たちは捕まえた人を傷つけたりしないから!」

といいつつ、少年はユーディアをつかんで離さない男の手首を、ざんっと切り落としたのだった。



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