世継ぎで舞姫の君に恋をする

32、大捕物

体を清めたユーディアは再び胸の晒しを巻き直す。ロリスは自分を女とばらしていない。決定的なことは口にしてはいなかった。

湯の外ではアールが待っていた。
ユーディアを見ると、目を丸くして屈託なく笑う。
「やっぱりあんた綺麗だ!」
少年は屈託なく笑い言う。
だが、ユーディアは笑えない。

宿の中を目的の場所まで案内される途中でも、何人かと少年は軽い挨拶をしている。
やはり、この宿は山賊のものだった。
中には一般のお客も泊まっているかもしれないが、そのお客はどうなるのだろうと思う。

ユーディアの案内された部屋には、ロリスが腕を組んで扉横にいる。
中にはもう一人の隻眼の男がユーディアを待っていた。

「はじめまして。ユーディア?」
男は椅子を勧める。
面接か何かのようだった。
ユーディアは首を振って断る。
寛げる気持ちがしない。

「あなたの事を聞かせてほしい」
「さっき、俺が説明しただろ?」
ロリスが眉を寄せるが、隻眼の男は制す。
彼が場を支配する、そして山賊集団のボスだった。

ユーディアは西のモルガン族の世継ぎであり、あの日、様子を見に行きベルゼラに捉えられたこと。
王子に買われて、奴隷として側仕えをしていたこと。
王子の失態により、山の中腹の離宮に蟄居にいくところ、隙をみて逃げ出してきたことをいう。
そして、商人が襲われているところに巻き込まれて、ここに連れてこられたことをいう。

ユーディアはロリスを見る。
「まさか、ここで東のロリスに再開するとは思ってはいなくて、、。モルガンに一緒に帰ろう?山賊なんて、、、」

とたんに、黙って聞いていた男が何かを投げた。
ひゅっとユーディアの顔をナイフがかすめ、タンっと後ろの扉に刺さる。
さらにもうひとつ持っている。
隻眼の男は近づいてくる。
恐怖にユーディアは後ろに下がった。

「お嬢ちゃん、彼は帰らないし、あんたは帰れない。
なんだったら、ロリス分とあんた分を払うならば返してやってもいいが、生憎ロリスは主戦力で外せないんだ」

「お嬢ちゃんではないっ」
アッシュは眉を上げた。
「奴隷として、ベルゼラの王子に仕えていたのだろう?
あんたはきれいな顔だ。女のように扱われていたんだろう?」
ぐいっと顎を引き上げられる。
その襟元にナイフを突きつけて、引き裂こうとする。
ひっと、ユーディアの喉がなった。

「アッシュ止めろ。悪のりしすぎだ。モルガンを傷つけるヤツは許さない」

ロリスが凄んだ。拳が握られている。
隻眼の男アッシュはフンッと鼻をならしてユーディアを突き放した。
よろけたユーディアをロリスが受け止める。
ユーディアは空気を求めて激しく咳き込んだ。


「冗談だ!
こいつの話だと、王子が来ているじゃあないか。あの時の司令官だったらしいな!
チャンスがめぐってきたではないか!わたしはお前の復讐に手を貸す」
アッシュは妖しく口許を弛ませ、ユーディアに言う。

「お前を好きにした王子に復讐するのにお前も加わるか?」

ユーディアはすかさず言う。
「加わる!」
それを聞いて、あははっとアッシュは笑った。

「即答とはよっぽどひどい目にあったんだな!」
「あ、あんたは何者だ」
「わたしはリビエラのアッシュ!
ベルゼラにひどい目にあった、あんたたちの味方だ。
この国に混乱を巻き起し、倒しに来た!
よろしくな!」
山賊の親分は言い、がっつりとユーディアと握手をした。


日が落ちる。さらに寒さは厳しくなっていた。
当分ユーディアにはロリスがつく。
早速二人は薪割りの当番だった。
この村には戦で体を壊して、薪を割れない者も多い。
「よく逃げてきた」
ロリスは言う。
振り上げた斧は、カコンと薪を割る。
「僕は逃げてきたのではないよ、ロリス」
ユーディアも割る。
ロリスの方が軽く良い音をたてる。
「なんだって?!」

「僕は、ベルゼラでジプサム王子の元でベルゼラを学んでいた。お互いのことを知らないと同じ間違いを繰り返すことになる」

そういうユーディアは静かな表情である。
仲間を助けられずに逃げ出したことによる、ロリスが苛まれている苦悶と憎しみの影は、ユーディアには見られない。

「あいつらは、皆を傷つけ、殺したんだぞ」
ガコン。
ロリスの薪は割れずに半ばで斧を咥えこんだ。

「それでもだよ。それに、今、ロリスたちがしていることは、ただの盗賊にしか思えない。リビエラのヤツにいいように使われているだけだ。
あなたがモルガンに帰るのに、金を払えだって?それは捕虜や人質と同じじゃあないか!」

声が大きくなるのを、ユーディアは飲み込んだ。
「そうかもしれない。だが、ここには俺以外にも、普通には生きられない者が集まっている。彼らには生きる目的がいる。仲間がいる。それは、ベルゼラに復讐することで繋がっている」

「それでも盗賊や人狩りを正当化できるものではないよ」
カコン。
ユーディアは力を入れず綺麗に薪を割る。

「ブルースもベルゼラの軍部で学んでいる。ブルースもカカも一緒にいる」
「ブルース、、、」

ロリスの手が止り、目を閉じる。
昼間、空には旋回する鷹がいた。

「、、、それで鷹か」
「そう。あれは、東のジダンと息子の鷹で、二羽はブルースが。一羽はわたしになついてしまった。
だから、ここの場所は もう王子たちにはばれているかも」

ユーディアは言葉を切った。
「ロリス、数日中に山賊は征伐されるよ」
思いきって言う。

それは賭けだった。
ブルースが気がつき、王子を説得し、王子が適切に彼の候補たちを動かせれば、ユーディアたちは助かる。
それはすぐなのか、3日後なのか、一週間なのか。

「ジダンさま、皆、死んでしまった、、、」

ロリスの閉じた目から涙が止めどなく流れ落ちる。
ユーディアはロリスの手を取った。

「あんたは生きている。東のものは、ジプサム王子によって、他にも捕虜から多くの者が解放された!
ロリス、逃げるか、捕まるか、覚悟をきめてほしい。わたしは、あなたの踊りを楽しみにしている。
あなた以外に、踊れる者はもう、レグラン王しかいない」

レグランと聞いて斧を取り落としかけた。
ユーディアは彼がレグランを知っていることを知った。
彼と王はかつて一緒に過ごしていた。
子供の頃のユーディアとジプサムのように。
王族の争いで既に12才で疲れていたレグランは、草原で生き返った。
同じ師匠から踊りを学ぶ。
レグランは、そこで出会ったモルガンの娘と結婚した。
ゼオンの妹だった。そして、ロリスの想い人だった。

「アールたちを置いて、俺ひとりで逃げられない」
ロリスは言った。

彼の覚悟は決まっていた。



それに気がついたのはブルースだった。

「ジプサム、ユーディアが同じ場所から動かない。何か起こっている。
例の山賊と関係するかもしれない」
「なぜわかる?」
ブルースは指差した。
「鷹が教えてくれている」

ユーディアのその鷹は、王子一行と分かれた翌朝も夜と同じ位置で旋回する。
草原へ全く進んでいないことが異常であった。

「鷹!」
ジプサムは王宮の空にも鷹がいつも旋回していたことを思いだす。
ブルースが捕虜の時に、鷹を操ってベルゼラの兵を圧倒したのは記憶に鮮やかだ。

「ユーディアの救出と早速、山賊退治か!」
それからのジプサムの動きは迅速であった。

不意に踏み込まれた山賊たちは、抵抗らしい抵抗もできず、昼までに、全員が縄にかけられたのであった。

彼らの用心深く隠していた武器庫の扉の立付けが悪くて開かなかったアクシデントもあった。
王子の騎士候補たちは無傷である。


王子達が踏み込む気配で、ロリスはアッシュを押さえ込んでいた。

「裏切ったな!ロリス!」
隻眼のリビエラの男は毒を吐く。
だが、そのロリスも騎士たちに引きはなされ押さえ込まれる。


その凄惨な捕り物の現場にはユーディアがいる。
ユーディアの目の前で、建物の中からあぶり出され、踏み込まれ次々と捉えられていく。

子供たち、戦で体を傷つけたものたち、肉親を殺された者たち、そして、国家を内側から混乱させようとするリビエラの男。


昨日襲われた三人の商人と、その他にも、10人ほどが身代金との交換待ちで閉じ込められていた。
彼らも救出される。
彼は、涙を流して喜んだ。

「われらのジプサムさまが身をていして助けてくださった!!」

この日、総勢40名の大捕物だった。

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