世継ぎで舞姫の君に恋をする

33、ブルースの覚悟 (第五話 完)

大捕物が終わった。

彼らは広場に縄にかけられていた。
アールも捕らわれて、騒いでいる。
ユーディアに向かい、「裏切りもの!お前なんか助けなければ良かった!」
とか叫ぶ。
少年や体の不自由な者が多いことに、騎士たちも苦悩顔である。
戦争を起こしては勝利に沸く一方で、自分たちのように、親をなくし、最愛のものをなくし、体の一部を欠損したら仕事もなく社会から弾き出されたことへの、自国への恨みをいう。

「お前たちの話はちゃんと聞くから!しっかり聞かせてもらう!」
ギースが言っている。
ジプサムも渋い顔をしている。
彼らの言葉は、そのままジプサムに突き刺さる。
彼らは自分たちがしてきたことの結果だった。山賊になる前に、できることがあったはずである。

彼らの前に、ジプサムは立った。

「王都に警察隊を呼んでいるが、その前にあなたたちのことを聞かせてほしい。ここまでに至るまでのこと。山賊になってからのこと。全てだ!サニジン、進めよ!」

サニジンは新たな仕事にわくわくする。
彼らから得られるのは生の声である。

山賊を捕らえたことで、既に100点満点ではあるが、うまく彼らの不満を聞き出し、対処ができれば犯罪に手を染める困窮者自体を減らせられる可能性がある。
ざっと聞き見ただけでも、孤児の施設、体の不自由なものの社会復帰の促進、未亡人の生活保護、など考えられそうである。

それらを根気よく周囲を説得し、巻き込めれば、この山賊退治は200点、300点になるだろう。

「はい。わかりました!ジプサム王子、騎士たちをお借りします。手分けして聞き取りを始めます!」
サニジンは、町のなかでも一番部屋数の多い宿を拠点にして、聞き取りを開始したのであった。


山賊であったものたちは宿のなかに入っていく。


ブルースは、宿に入ろうとした男髪のモルガンの男の前に立ちはだかる。
「ロリス、、、こんなところで何をしているんだ」
「お前こそ、ベルゼラの騎士に混ざって何している」
その言葉はお互い様である。
「どうして逃げなかったんだ。ユーディアはきっとあんたに伝えただろう?」
「俺はもう逃げることはやめたんだ。彼らをおいていけない」

ブルースはじっとロリスを見ていう。
「犯罪者は、被害者の国で罪を償うことになる。犯した犯罪内容は、加害者の自国に速やかに伝えられる。異議があれば、30日以内に被害者の国に伝えなければならない。
異議に対して返事をなされなければ刑は執行できない」

ブルースの言葉に、ロリスは唇を引き結んだ。
「なんだ?そのまどろっこしいのは。
犯罪者は速攻に処分せねば気がおさまらないだろう?」

「娘を犯して殺したベルゼラの男たちを切り刻んで投げ捨てるようなやり方は、ベルゼラ国以外でも受け入れられない。モルガンは変わらなければならないんだ。
そうでなければ、モルガンは一人残らずこの世界から葬り去られるかも知れない」

ブルースは言った。
じわりとその言葉はロリスに染み入る。

「、、、他国のルールにも目を向けろ、ということか?」
「その通り。そのために、俺たちがベルゼラにいる」

ブルースは道を開けた。
ロリスは宿へ入っていった。

広場には、ユーディアが残されていた。
ブルースが振り返ると、ユーディアとジプサム王子が向かい合っていた。


互いが、互いを引き寄せる磁石ようだった。引き合う力にあがらいながらも、こらえきれずに近づいていくのが、ブルースにはわかってしまう。


「ユーディア、行かないでほしい。あなたがそばにいないと、今日のようなことが起こっていないかと毎日が心配でたまらない」
ジプサムが言う。
その言葉はブルースの気持ちであり言いたい言葉だった。

「わたしは、、、」
ユーディアは迷う。
その体をジプサムの腕と胸が抱き締めた。
「無事で本当に良かった!
離宮の蟄居に付き合ってほしい。あなたがいると退屈しない!昔からそうだった」
「、、、わかった」
とうとう、ユーディアは言ってしまう。
とたんに体と心が楽になる。

ブルースはどうしてユーディアを抱きしめるのが自分でないのであろう?
と思う。見ていられなかった。

心が冷えていく。
昔から、ユーディアの手をジプサムは離さなかった。
ユーディアも、祭りでは真っ先にジプサムに手を伸ばしていた。

再び雪がちらつき始める。
ユーディアをモルガンに縛り付けるのは、世継ぎであり、自分の許嫁であるということだけだと思う。
その名目さえなければ、ユーディアはモルガンに帰ってこない気がする。


その時、ガラスの割れる、甲高い音と叫び声。
三人は振り返った。
宿の窓から飛び出したものがいた。
黒い眼帯のリビエラの男。

「あいつが親分だ!」
ユーディアは叫ぶ。
その男はジプサムに気がついた。

「王子さまを直接ヤれるとは思わなかった!」
手には割れたガラスの破片を握りしめてジプサム目掛けて走り出す。

庇おうとしたユーディアをジプサムは突き飛ばす。
リビエラのアッシュはガラスを喉元に突きつけた。
辛うじてジプサムは最初の一撃を避けたが、バランスを失い尻をつく。

このまま見守るだけで、ユーディアは永遠に自分のものになるのではないか?
ブルースは思う。
このまま、片目の男にまかせよ。

「ジプサム!」
ユーディアが悲痛な声をあげた。

ブルースの足が、リビエラの男の足元をすくい横倒しにする。
そのまま、体で押さえ込み、手首と喉元を締めあげる。
ガラスはその手から転げ落ちた。

アッシュは自分を倒した男が何者かを知り、声を絞りだす。
「お前は、モルガン族!?なぜに敵を守る!」
「あんたのやり方が気に入らないからだ」
ブルースは苦々しくいう。

騎士候補のハメスがアッシュの逃げ出した窓から追い付いた。
「すみません、、目を離した隙にまさか窓を突き破るなんて、、」
ブルースは彼に引き渡す。

ブルースは尻餅をついたままのジプサムに手を差し出した。ジプサムは少しはにかみながらその手を掴む。
ジプサムの顔には、レグラン王とやりあった青アザが生々しく残っている。
あの時、ブルースもその場にいた。
トニーは常に自分を連れ歩く。
ユーディアが楽しそうに男と踊る姿に、ジプサムと同様に嫉妬した。
だが、実際に彼女を取り戻そうとしたのはジプサムだった。
相手は強く、一撃で勝てないとわかっていたはずだった。
だが、ジプサムは食らいついていく。

ジプサムが命にかえても譲れないもの。
ディアとユーディアが同一人物と気がついていないかもしれないが、同じことだった。
もうじき、ジプサムはユーディアが女であると気がつかずにはいられないだろう。

ユーディアは美しく、側によるだけでその甘やかな香りに酔いそうではないか?


「ったく、相変わらず弱いな!この冬で本当に強くなれるのか?」
「ブルース、ありがとう。昔から助けられてばかりだ!
お前がこの蟄居トレーニングに付き合ってくれて本当にうれしい!お前に負けないぐらいに強くなってみせるから!
目標が目の前にあるほうがやり易い!」

冷えていた心にほわっと温かなものが広がる。
ああ、ジプサムはこういう奴だったと思う。

負けずで頑張り屋。

そして、弱いのに決してユーディアを離さない。
野生馬で遊んで叱られて、みんなの代わりにひとりで罰を受けて、外に出されていたユーディアの手を、一晩中掴んで離さなかった男だった。
もちろん、ブルースもユーディアの手を握っていたが。

持ち前の負けん気でジプサムは変わろうとしていた。
父王に本気で殴られながらも、負けていない。
それはジプサムの持つ芯の強さだった。
愛しいユーディアが惹かれたのもそういうところかもしれない。

「厳しくいくぞ!」
ブルースは言った。
彼も覚悟を決めなければならなかった。
ジプサムは持ち前の芯の強さで、反対を押しきり彼の望む娘を妻にしようとするだろう。

自分はその時に、ユーディアの、そして彼の、味方になる覚悟を決めるのだ。
時間はひと冬たっぷりあった。


第五話 完
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