世継ぎで舞姫の君に恋をする
36、勝負2
翌朝、深夜から落ち始めた雪がくるぶしまで積もっていた。
「本当にするのかよ?」
ジャンは心配である。
離宮に隣接する広場には的が出来ている。
ルーリクはクロスボウである。
既にユーディアを待っていた。
ブルースが自分の弓を渡す。
「弦をお前用に調整はしたが、最近はひいていないだろう?」
ビンビンとユーディアは指先で弦を弾いてみた。
少し固めの印象である。
「うん、たぶん何回か射れば調子が戻ると思うけど、、、」
「さっさとやろうぜ?」
ルーリクが急かす。
的は30メートルほどの距離にある。
四角い板に丸を書いている。
中心に当てるほど点数が高くなる。
中心が10点の設定である。
勝負は10本勝負。
「おい、クロスボウでするのかよ?」
ジャンが異議を唱える。
ユーディアの原始的な弓と、バネを使ったクロスボウは、何倍もの威力の違いがあった。
「かまわないよ?」
ユーディアは軽くいう。
「的の中心に当てればいいだけでしょう?」
そして、ジプサム、騎士候補たち、ジャンが見守るなか、屈強の男ルーリクと、王子の側仕えユーディアの弓の勝負が始まった。
最初はルーリク。
セットし構えると立て続けに10本連射する。矢はほぼ真っ直ぐに勢いよく発射された。
8本が的に当り、だんだんと中心に当たっていく。最後の一本がど真ん中に当たっていた。
10が1本、8が2本、6が2本、4、2、1で計45点である。
ルーリクはどうだ!という顔をしている。
次はユーディアの番である。
呼吸を整える。
姿勢を整え、きりきりと弦を引き絞る。
的を目を細めて狙う。狙うとその的は大きく拡大されるような感覚になる。
板の木目までユーディアには見えた。
風は少し吹いていた。微調整する。
ひゅん。
空気を切り裂き、一本目は大きくそれた。
ユーディアはやってしまったという顔をする。
もう少し強く引く。二本目は 6に。
弓と一体になる感覚は久々であった。
ユーディアの引いた矢は、後は8が7本。
最後に10で、72点。
ルーリクは口をポカンと開けていた。
ユーディアの弓を引く姿が燐として美しくて見とれてしまって、すっかり勝負を忘れていたのだ。
「ユーディアの勝ち!」
というサニジンの声で我に返る。
ベッカム隊の仲間が囃し立てる。
「そんな止まった的を立って射ても実践的ではないじゃあないか!馬に乗りながらの勝負でないと、本当の勝負ではないのではないか?」
「どうする?」
ジプサムは二人に聞く。
二人はうなずいた。
今度は馬で走りながら的を狙う。
両手を離して的を狙うので、馬術の腕前は必須である。
「ユーディアは馬はどうする?」
ジプサムは聞く。
「どれでもいいの?」騎士たちは頷いた。
ユーディアはカカが手入れをしている、黒馬を選ぶ。
今度もルーリクが先行する。
3つの的。辛うじてすべて板に当たっている。6が3本。
ユーディアは黒馬の鞍を外した。
「おい、裸馬で乗るのか?」
騎士候補たちは驚く。
「体を捻れないだろ?」
ユーディアは飛び乗った。
足でしっかりと背をはさみ、馬を走らせる。
余分なものを乗せない馬は疾風のごとく駆ける。
見ているジャンの心臓は飛び出そうである。男たちは息を飲んだ。
それは、古代の戦の神の化身のようであった。
娘のように美しい神は、残酷に己の胸に矢を突き立てる。
「、、、8が2本!10が1本!ユーディアの勝ち!」
サニジンの声が響く。
ベッカムの隊だけでなくトニーの隊も、あり得ない結果に声を失う。
悠々と髪をなびかせて側仕えの美人は帰ってくる。
「もっと狙え!腕が落ちている!」
ブルースが眉を寄せていう。
ユーディアの頬の傷に気がつく。
風切り羽がかすった跡であった。
「きちんと構えないから、こんな傷を付ける!なってないな!」
「久々だったから、調子がでないんだ」
ユーディアはふてくされる。
弓の勝負はユーディアの圧勝である。
それに、あの黒馬はよく走るが扱いにくくて乗りこなすのが大変だった。
それを手放しで、内股を挟むだけで乗りこなしている。
こいつらなんなんだと、騎士候補たちは嫌な予感を感じたのだった。
次は槍である。
本物の代わりに長い棒を使う。剣の代わりに布を固く巻く。
「ルーリク負けるなよ!」
ベッカム隊から声がかかる。
ルーリクの顔も真剣である。1番強い男の自負の危機である。
左右に斜めに振ると、風をきる大きな音がする。
ユーディアも身長にあわせて短めの棒を取る。何もかも久々である。
真ん中を持ちくるくると回転させ、ぐるりとからだの後ろへ、そして前へ回す。
胸の前に脇をしめて、横一文字に構えた。
「なんだ、その構えは、、?」
見たことのない構えである。
勝負が始まると、重い一撃をルーリクは繰り出す。
ユーディアは両手と胸で受ける。
ガンガンガンと強烈な音が響く。
ユーディアは顔を歪めながらも、器用に棒を動かし、受ける。
手が完全にしびれるまでに、ルーリクが勝負の突きをいれるのを待つ。
ルーリクは勝負を急ぐ。
弓に続いて槍まで負けるわけにはいかなかった。圧倒的な強さで勝つ必要があった。
勝っても相手が、普段は王子の身の回りの世話をする、武器を持つことのない側仕えをしていることを、既にルーリクは失念している。
狙い済ました突きの一撃。
ユーディアの胸の真ん中を狙う。
その瞬間、ユーディアの胸の前の一文字の棒を掴む片手が外され、反対の腋が強く挟み込む。
ぐるりと棒が大きな円を描き、胸を狙う棒は、回転力のついた棒にはたき落とされた。
「くうっ」
ルーリクはしびれる手を押さえた。
トンと、その喉元に槍の先が当たる。
「ユーディアの勝ち!」
とサニジン。
ルーリクはそのままよろよろと後ろに倒れ、尻もちをつく。
彼が相手にしているのは、ただの生意気な奴隷ではなかった。
久々に棒を握り、回したりないユーディアはくるくると回す。積もった雪が風圧で飛ぶ。
それもトンでもないスピードである。
「お前は何もんだ、、、」
ルーリクの声はかすれた。
「ユーディアは今は王子のあれだが、一応東のモルガン族の世継ぎだ。世継ぎに認められるには、いろんな面で優れていないと認められないからな!
逆にいうと、優れていると認められさえすれば女だって族長になれる」
ブルースが答える。
その言葉に含まれる意味にひっかかったのは、サニジンのみ。
「なんだって?」
サニジンは聞き直そうとした。
だが、ブルースは知らん顔だ。
「次は剣だっけ?」
ユーディアは聞く。
剣は得意ではない。
「体術だ」
ルーリクはいう。
ルーリクのその声は、なんの侮蔑もおごりもない、素の声だった。
ふうっと見ていたものは息を吐くとともに大きく息を吸う。
知らないうちに息をかなりの間止めていたようだった。
「本当にするのかよ?」
ジャンは心配である。
離宮に隣接する広場には的が出来ている。
ルーリクはクロスボウである。
既にユーディアを待っていた。
ブルースが自分の弓を渡す。
「弦をお前用に調整はしたが、最近はひいていないだろう?」
ビンビンとユーディアは指先で弦を弾いてみた。
少し固めの印象である。
「うん、たぶん何回か射れば調子が戻ると思うけど、、、」
「さっさとやろうぜ?」
ルーリクが急かす。
的は30メートルほどの距離にある。
四角い板に丸を書いている。
中心に当てるほど点数が高くなる。
中心が10点の設定である。
勝負は10本勝負。
「おい、クロスボウでするのかよ?」
ジャンが異議を唱える。
ユーディアの原始的な弓と、バネを使ったクロスボウは、何倍もの威力の違いがあった。
「かまわないよ?」
ユーディアは軽くいう。
「的の中心に当てればいいだけでしょう?」
そして、ジプサム、騎士候補たち、ジャンが見守るなか、屈強の男ルーリクと、王子の側仕えユーディアの弓の勝負が始まった。
最初はルーリク。
セットし構えると立て続けに10本連射する。矢はほぼ真っ直ぐに勢いよく発射された。
8本が的に当り、だんだんと中心に当たっていく。最後の一本がど真ん中に当たっていた。
10が1本、8が2本、6が2本、4、2、1で計45点である。
ルーリクはどうだ!という顔をしている。
次はユーディアの番である。
呼吸を整える。
姿勢を整え、きりきりと弦を引き絞る。
的を目を細めて狙う。狙うとその的は大きく拡大されるような感覚になる。
板の木目までユーディアには見えた。
風は少し吹いていた。微調整する。
ひゅん。
空気を切り裂き、一本目は大きくそれた。
ユーディアはやってしまったという顔をする。
もう少し強く引く。二本目は 6に。
弓と一体になる感覚は久々であった。
ユーディアの引いた矢は、後は8が7本。
最後に10で、72点。
ルーリクは口をポカンと開けていた。
ユーディアの弓を引く姿が燐として美しくて見とれてしまって、すっかり勝負を忘れていたのだ。
「ユーディアの勝ち!」
というサニジンの声で我に返る。
ベッカム隊の仲間が囃し立てる。
「そんな止まった的を立って射ても実践的ではないじゃあないか!馬に乗りながらの勝負でないと、本当の勝負ではないのではないか?」
「どうする?」
ジプサムは二人に聞く。
二人はうなずいた。
今度は馬で走りながら的を狙う。
両手を離して的を狙うので、馬術の腕前は必須である。
「ユーディアは馬はどうする?」
ジプサムは聞く。
「どれでもいいの?」騎士たちは頷いた。
ユーディアはカカが手入れをしている、黒馬を選ぶ。
今度もルーリクが先行する。
3つの的。辛うじてすべて板に当たっている。6が3本。
ユーディアは黒馬の鞍を外した。
「おい、裸馬で乗るのか?」
騎士候補たちは驚く。
「体を捻れないだろ?」
ユーディアは飛び乗った。
足でしっかりと背をはさみ、馬を走らせる。
余分なものを乗せない馬は疾風のごとく駆ける。
見ているジャンの心臓は飛び出そうである。男たちは息を飲んだ。
それは、古代の戦の神の化身のようであった。
娘のように美しい神は、残酷に己の胸に矢を突き立てる。
「、、、8が2本!10が1本!ユーディアの勝ち!」
サニジンの声が響く。
ベッカムの隊だけでなくトニーの隊も、あり得ない結果に声を失う。
悠々と髪をなびかせて側仕えの美人は帰ってくる。
「もっと狙え!腕が落ちている!」
ブルースが眉を寄せていう。
ユーディアの頬の傷に気がつく。
風切り羽がかすった跡であった。
「きちんと構えないから、こんな傷を付ける!なってないな!」
「久々だったから、調子がでないんだ」
ユーディアはふてくされる。
弓の勝負はユーディアの圧勝である。
それに、あの黒馬はよく走るが扱いにくくて乗りこなすのが大変だった。
それを手放しで、内股を挟むだけで乗りこなしている。
こいつらなんなんだと、騎士候補たちは嫌な予感を感じたのだった。
次は槍である。
本物の代わりに長い棒を使う。剣の代わりに布を固く巻く。
「ルーリク負けるなよ!」
ベッカム隊から声がかかる。
ルーリクの顔も真剣である。1番強い男の自負の危機である。
左右に斜めに振ると、風をきる大きな音がする。
ユーディアも身長にあわせて短めの棒を取る。何もかも久々である。
真ん中を持ちくるくると回転させ、ぐるりとからだの後ろへ、そして前へ回す。
胸の前に脇をしめて、横一文字に構えた。
「なんだ、その構えは、、?」
見たことのない構えである。
勝負が始まると、重い一撃をルーリクは繰り出す。
ユーディアは両手と胸で受ける。
ガンガンガンと強烈な音が響く。
ユーディアは顔を歪めながらも、器用に棒を動かし、受ける。
手が完全にしびれるまでに、ルーリクが勝負の突きをいれるのを待つ。
ルーリクは勝負を急ぐ。
弓に続いて槍まで負けるわけにはいかなかった。圧倒的な強さで勝つ必要があった。
勝っても相手が、普段は王子の身の回りの世話をする、武器を持つことのない側仕えをしていることを、既にルーリクは失念している。
狙い済ました突きの一撃。
ユーディアの胸の真ん中を狙う。
その瞬間、ユーディアの胸の前の一文字の棒を掴む片手が外され、反対の腋が強く挟み込む。
ぐるりと棒が大きな円を描き、胸を狙う棒は、回転力のついた棒にはたき落とされた。
「くうっ」
ルーリクはしびれる手を押さえた。
トンと、その喉元に槍の先が当たる。
「ユーディアの勝ち!」
とサニジン。
ルーリクはそのままよろよろと後ろに倒れ、尻もちをつく。
彼が相手にしているのは、ただの生意気な奴隷ではなかった。
久々に棒を握り、回したりないユーディアはくるくると回す。積もった雪が風圧で飛ぶ。
それもトンでもないスピードである。
「お前は何もんだ、、、」
ルーリクの声はかすれた。
「ユーディアは今は王子のあれだが、一応東のモルガン族の世継ぎだ。世継ぎに認められるには、いろんな面で優れていないと認められないからな!
逆にいうと、優れていると認められさえすれば女だって族長になれる」
ブルースが答える。
その言葉に含まれる意味にひっかかったのは、サニジンのみ。
「なんだって?」
サニジンは聞き直そうとした。
だが、ブルースは知らん顔だ。
「次は剣だっけ?」
ユーディアは聞く。
剣は得意ではない。
「体術だ」
ルーリクはいう。
ルーリクのその声は、なんの侮蔑もおごりもない、素の声だった。
ふうっと見ていたものは息を吐くとともに大きく息を吸う。
知らないうちに息をかなりの間止めていたようだった。