世継ぎで舞姫の君に恋をする
3、男髪と女髪
8つの夏の水浴びの時まで、ユーディアは自分の女を意識したことがない。
ユーディアは、族長の父と母の間に生れた、三人目の娘であった。姉たちは娘として育っている。
男子が望まれて生れたユーディアは、その村中に響きわたった元気な産声から、両親は決意し、世嗣ぎの君として育てられることになった。
世嗣ぎは男がなることが通例ではあったが、女であってもなれるのがモルガン族である。
認められるには、男のように強くて賢くて、公平でなければならない。
それで、ユーディアは女の子たちがお人形遊びやごっこ遊びをするときには、モルガン族の男の子たちと一緒に野山を駆け巡り、狩りの真似ごとなどして遊んでいたのであった。
7つになったとき、初めて髪を結んだ。
モルガンの男は髪を細かく三編みする。
長い髪は霊感を高めて、自然の中に存在する精霊からのメッセージを受け取りやすくし、狩の成功率を高めてくれ、思わぬ危険を教えてくれるとされている。
ただ長いと邪魔になる。
それで、男たちは三編みをするのだ。
愛しい女が男の無事を祈りながら想いをこめて何本も何本も結い上げていく。
女はそんなことをしない。
母が結いながら言う。
「あなたは女のコなのですから、この髪をおろしたくなったらいつでもほどきなさい。世嗣ぎではありますが、それはなんとでもなります!あなたの人生は、結局はあなた自身が選びとるのですから!」
ユーディアは髪が頭の形にぴったりと隙間なく編まれていくのを見ていた。
本当にモルガンの、大人の男になったような気がした。
父と同様に、草原の民として皆と共に生きることは、当たり前のことであった。
同い年の娘のサラサたちは、ユーディアの髪を見て、少し大人の男の仲間入りをしたユーディアを眩しく見る。
そして、まっ裸で水を掛合いながら遊んでいた、8つの時の夏の日、カカが言う。
「ユーディア!おまえ、魚に食われたんではないか!付いてないぞ!!」
カカ、ライード、シャビ、トーレスの視線を集めながら、ユーディアもかれらを見た。
彼らはユーディアには生まれた時からないものを、ぶら下げていた。
それが、ユーディア自身と悪がきどもが、ユーディアが彼らと決定的に違っている、女であると意識した最初であった。
小さな頃から悪がきの中でも、ユーディアは率先して悪がきであった。
それは、自分が女であるということのどうしようもない事実からくるコンプレックスの裏返しからかもしれなかった。
女であるのに、男としての強さを求められていることに対して、二人の姉たちはユーディアに同情的であった。
年の離れた二人の姉は年末に里帰りすると、他の娘たちと共に、踊りの稽古をしていた。
毎年、年始の祭りは歌と踊りで盛り上がるのである。
男たちは音楽を。
女たちは踊を。
二人の姉はモルガンでも一、二を争う踊りの名手であり、楽器の練習をするユーディアの手を止めさせて、自分たちの踊りの練習の輪に加えようとしていた。
「女の踊りなんてするわけないだろ?」
嫌悪感をむき出しにしていたユーディアのその髪が、あれよあれよという間に、二人の姉たちによってほどかれる。
「髪を洗いましょう?」
温かな湯が用意されて、優しい姉の指先で髪や頭皮を洗われると、くるくるに固まっていた髪がほわっと本来の柔らかなウエーブを取り戻していく。
それとともに、ユーディアの固くなな心も解れていく。
「ほら、鏡をみなさい」
一番上の姉がいう。
鏡の中には、悪がきのユーディアはおらず、かわりに湯に頬を上気させた可憐な少女がいた。
「これは誰だ?」
思わず言う。鏡の少女が驚き、その可愛い口が動く。
「ふふっ。これはユーディアですよ?」
ユーディアは自分が可愛い女の子でもあることを知る。
姉たちは、顔を見合わせた。
髪を下ろすと、ユーディアは女になる。
これは使えそうであった。
小さな妹の手を引いて、踊りの練習の輪に加える。
「あなたはだあれ?」
自分をよく知っているはずのサラサが言う。
同じ年のサラサは既に可愛いダンサーだった。
ユーディアはただ手足をばたばた振り回すだけ。
ユーディアのおぼれかけた人のような踊りは、女たちの失笑を買う。
ユーディアは笑われて、本当に悔しかった。
女のすることは、男と比べて簡単なことばかりだと思っていたのだ。
8才のその日を境にユーディアの時間を見つけての特訓が始まる。
年末でなく帰ってきた姉を捕まえては、踊りを教えてくれとせがむ。
姉はビックリしたが、ユーディアの将来の選択肢のために、喜んで付き合ってくれる。
その時の約束は髪をほどくこと。
ユーディアは姉の約束に従う。
男と女の切り替えが髪を結う、ほどく、でできるようになるのだった。
そして、サラサにも頼む。
サラサは、男髪のユーディアに頼まれて、世嗣ぎの君がどうしてかと驚くが、髪をほどいて、髪を洗ってやると、自分の手の中でやわかな表情になっていくユーディアを目の当たりにして、心を奪われる。
そして、踊りの稽古を了解する。
自分たちの世嗣ぎの君は、すっかり忘れていたが女の子だった。
格好いい世嗣ぎのユーディアが、同時にきれいな女の子でもあり、それを間近に知っているのは自分だけっていいじゃあないの?
って思ったのだ。
踊りは顔ほど、素敵ではなくて、前途多難な予感しかしないけれども、サラサはユーディアの練習に、喜んで付き合うことにしたのだった。
練習の後には髪を結ってあげる。
女が愛しい男にするように。
すると、先程まで可憐な少女の顔が、キリッと引き締まっていく。
サラサはその変身も大好きだった。
「ユーディア、女髪のときのあなたを、ディアと呼ぶわ!」
サラサにより、ユーディアは女名のディアをもらったのだった。
ユーディアは、族長の父と母の間に生れた、三人目の娘であった。姉たちは娘として育っている。
男子が望まれて生れたユーディアは、その村中に響きわたった元気な産声から、両親は決意し、世嗣ぎの君として育てられることになった。
世嗣ぎは男がなることが通例ではあったが、女であってもなれるのがモルガン族である。
認められるには、男のように強くて賢くて、公平でなければならない。
それで、ユーディアは女の子たちがお人形遊びやごっこ遊びをするときには、モルガン族の男の子たちと一緒に野山を駆け巡り、狩りの真似ごとなどして遊んでいたのであった。
7つになったとき、初めて髪を結んだ。
モルガンの男は髪を細かく三編みする。
長い髪は霊感を高めて、自然の中に存在する精霊からのメッセージを受け取りやすくし、狩の成功率を高めてくれ、思わぬ危険を教えてくれるとされている。
ただ長いと邪魔になる。
それで、男たちは三編みをするのだ。
愛しい女が男の無事を祈りながら想いをこめて何本も何本も結い上げていく。
女はそんなことをしない。
母が結いながら言う。
「あなたは女のコなのですから、この髪をおろしたくなったらいつでもほどきなさい。世嗣ぎではありますが、それはなんとでもなります!あなたの人生は、結局はあなた自身が選びとるのですから!」
ユーディアは髪が頭の形にぴったりと隙間なく編まれていくのを見ていた。
本当にモルガンの、大人の男になったような気がした。
父と同様に、草原の民として皆と共に生きることは、当たり前のことであった。
同い年の娘のサラサたちは、ユーディアの髪を見て、少し大人の男の仲間入りをしたユーディアを眩しく見る。
そして、まっ裸で水を掛合いながら遊んでいた、8つの時の夏の日、カカが言う。
「ユーディア!おまえ、魚に食われたんではないか!付いてないぞ!!」
カカ、ライード、シャビ、トーレスの視線を集めながら、ユーディアもかれらを見た。
彼らはユーディアには生まれた時からないものを、ぶら下げていた。
それが、ユーディア自身と悪がきどもが、ユーディアが彼らと決定的に違っている、女であると意識した最初であった。
小さな頃から悪がきの中でも、ユーディアは率先して悪がきであった。
それは、自分が女であるということのどうしようもない事実からくるコンプレックスの裏返しからかもしれなかった。
女であるのに、男としての強さを求められていることに対して、二人の姉たちはユーディアに同情的であった。
年の離れた二人の姉は年末に里帰りすると、他の娘たちと共に、踊りの稽古をしていた。
毎年、年始の祭りは歌と踊りで盛り上がるのである。
男たちは音楽を。
女たちは踊を。
二人の姉はモルガンでも一、二を争う踊りの名手であり、楽器の練習をするユーディアの手を止めさせて、自分たちの踊りの練習の輪に加えようとしていた。
「女の踊りなんてするわけないだろ?」
嫌悪感をむき出しにしていたユーディアのその髪が、あれよあれよという間に、二人の姉たちによってほどかれる。
「髪を洗いましょう?」
温かな湯が用意されて、優しい姉の指先で髪や頭皮を洗われると、くるくるに固まっていた髪がほわっと本来の柔らかなウエーブを取り戻していく。
それとともに、ユーディアの固くなな心も解れていく。
「ほら、鏡をみなさい」
一番上の姉がいう。
鏡の中には、悪がきのユーディアはおらず、かわりに湯に頬を上気させた可憐な少女がいた。
「これは誰だ?」
思わず言う。鏡の少女が驚き、その可愛い口が動く。
「ふふっ。これはユーディアですよ?」
ユーディアは自分が可愛い女の子でもあることを知る。
姉たちは、顔を見合わせた。
髪を下ろすと、ユーディアは女になる。
これは使えそうであった。
小さな妹の手を引いて、踊りの練習の輪に加える。
「あなたはだあれ?」
自分をよく知っているはずのサラサが言う。
同じ年のサラサは既に可愛いダンサーだった。
ユーディアはただ手足をばたばた振り回すだけ。
ユーディアのおぼれかけた人のような踊りは、女たちの失笑を買う。
ユーディアは笑われて、本当に悔しかった。
女のすることは、男と比べて簡単なことばかりだと思っていたのだ。
8才のその日を境にユーディアの時間を見つけての特訓が始まる。
年末でなく帰ってきた姉を捕まえては、踊りを教えてくれとせがむ。
姉はビックリしたが、ユーディアの将来の選択肢のために、喜んで付き合ってくれる。
その時の約束は髪をほどくこと。
ユーディアは姉の約束に従う。
男と女の切り替えが髪を結う、ほどく、でできるようになるのだった。
そして、サラサにも頼む。
サラサは、男髪のユーディアに頼まれて、世嗣ぎの君がどうしてかと驚くが、髪をほどいて、髪を洗ってやると、自分の手の中でやわかな表情になっていくユーディアを目の当たりにして、心を奪われる。
そして、踊りの稽古を了解する。
自分たちの世嗣ぎの君は、すっかり忘れていたが女の子だった。
格好いい世嗣ぎのユーディアが、同時にきれいな女の子でもあり、それを間近に知っているのは自分だけっていいじゃあないの?
って思ったのだ。
踊りは顔ほど、素敵ではなくて、前途多難な予感しかしないけれども、サラサはユーディアの練習に、喜んで付き合うことにしたのだった。
練習の後には髪を結ってあげる。
女が愛しい男にするように。
すると、先程まで可憐な少女の顔が、キリッと引き締まっていく。
サラサはその変身も大好きだった。
「ユーディア、女髪のときのあなたを、ディアと呼ぶわ!」
サラサにより、ユーディアは女名のディアをもらったのだった。